18 juli 2009

2009.07.19: Barocco Impression Plus! Vol.3


2009.07.19 開催 「Barocco Impression Plus! Vol.3」
プログラム・ノートより

[解説 : 中田聖子]


= フランスの作曲家の音楽 =                             
■ ヨーゼフ・ボダン・ド・ボワモルティエ : 組曲 第2番 ト長調 op.35-2
プレリュード / ブーレ / ミュゼット[ロンドー] / ジーグ / リゴドン
Joseph Bodin de Boismortier(1689-1755) : Deuxiéme Suite. Op.35-2
 Prélude / Bourée / Musette en Rondeau / Gigue / Rigaudon
 皆様御存知のJ.S.バッハと同時代を生きたフランスの作曲家・理論家のボワモルティエですが、フルートの作品がよく知られていると思います。今日演奏する組曲も本来はフラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)と通奏低音楽器の為に書かれた作品ですが、オーボエと"チェンバロによる通奏低音"で演奏します。当時は作曲家=演奏家として成功していくのが音楽家の常でしたが、彼は出版活動によって収入を得てパトロン無しで生きた、珍しいタイプの作曲家でした。この組曲もそんな出版活動によって世に出た作品です。バロック時代に書かれた組曲は、幾つかの舞曲を組み合わせて構成されていますが、この組曲もプレリュード(前奏曲)と3つの舞曲と「ミュゼット」の全5曲で構成されています。組曲の第3曲として登場する「ミュゼット」は、ミュゼットという風袋をもつフランスのバグパイプのような民族楽器の響きを模した音楽です。


■ ジャン・バティスト・アントワーヌ・フォルクレ Jean-Baptiste-Antoine Forqueray(1699-1782)
 「ラ・マレッラ」「ラ・フォルクレ」「ラ・ルクレール」
 "La Marella", "La Forqueray", "La Leclair" ("Piecés de clavecin" Paris, 1747)
 ジャン・バティスト・アントワーヌ・フォルクレも、バッハ一族と同様に当時活躍した音楽家一族の者でJ.S.バッハと同時代を生きた人でした。今日演奏する3曲がおさめられた『クラヴサン曲集』はJ.B.A.フォルクレによって書かれたものですが、この曲集は彼の父アントワーヌ(1672-1745)の『通奏低音付きヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)曲集』をクラヴサン(仏語でチェンバロのこと)用に編曲したものです。フォルクレ"父"(名が紛らわしい為、実際に彼ら自身も"Le Pière 父"、"Le Fils 息子"と書いていた)は、ルイ14世の王室付き楽団のヴィオール奏者として活躍しました。フォルクレ"父"は同時期の優れたヴィオール奏者マラン・マレ(1656-1728)とヴィルトゥオーゾぶりが常に比べられ、「マレは天使の如く、フォルクレ"父"は悪魔の如く奏でる」というアンリ・ル・ブランの有名な言葉が残っています。又、フォルクレ"息子"も優れたヴィオール奏者でした。ヴィオールはルイ14世が愛好した楽器であったと伝えられており、ルイ14世の時代はヴィオール全盛期でありましたが、息子がルイ15世の王室付き音楽家として活躍していた頃には既に衰退の色を見せ始めていました。一方、クラヴサンはまだまだ全盛期でしたが、フォルクレ"息子"の時代にフランスで使用されたチェンバロは中音域の豊かな音色が特徴でした。その為、原曲のヴィオールの音域が低音域であることだけでなく、編曲にあたって敢えて移調せずに低音域のままで書かれたようです。ところで、ヴェルサイユのクラヴサン作品には音楽によって人物を描写するものが多数残っています。
今日演奏するラモーの作品にもそのような作品がありますが、その種の作品から選曲しました。
「ラ・マレッラ」(組曲第4番より) : ヴィオール奏者のマレッラを描写していると思われます。彼は1745年のフランス皇太子の結婚の祝典で、ダンサーのキュピらと共に演奏をしたと伝えられています。
「ラ・フォルクレ」(組曲第1番より) : フォルクレ"父"を描いた作品であると考えられています。
「ラ・ルクレール」(組曲第2番より) : 優れたヴァイオリニストであり作曲家として知られているジャン・マリー・ルクレール(1697-1764)を描いた作品です。


■ ジャン・フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau (1683-1764)
「コンセール」第2番 より「アガサント」「メヌエット」、第5番より「キュピ」「マレ」
Deuxiéme concert "Agaçante", "Menuet", Cinquiéme concert "La Cupis", "La Marais"
[Pièces de clavecin en concert (Paris,1741)]
 ラモーもJ.S.バッハと同時代を生きたフランスの作曲家・理論家で、作曲家としては特に劇場音楽の分野で活躍した人でした。彼の劇場音楽以外の作品の多くは、劇音楽を作曲し始める前に書かれましたが、コンセール曲集は劇場音楽家としての活動を始めてから創作されました。本来この曲集は「フラウト・トラヴェルソかヴァイオリン」「ヴィオールかヴァイオリン」「チェンバロ」の3つの楽器の為の合奏曲集として書かれていますが、今日はオーボエとチェンバロでのBIP!編にて演奏します。原曲を御存知の方は、原曲とは異なるサウンドをお楽しみ頂ければ幸いです。
「アガサント」: 現在のフランス語辞典で「agaçant(e)」の項目を見ると「『苛立たせる、うるさい』の意味を持つ形容詞」とありますが、当時のフランスの辞典である『フュルティエール辞典』(1690)や『トレヴー辞典』(1704)には、『挑発、誘惑すること』であるとの記述があります。そんな様子を描いた曲であると思われます。
「メヌエット」: メヌエットは舞曲ですが、「コンセール第2番」を締めくくる曲として書かれています。フランスの作品では組曲やソナタを締めくくる曲であることが多く、その場合、それまでのダンスや音楽の余韻を楽しむための意味を持たせることがありました。このメヌエットは後に劇場作品「詩神ポリュムニアの祭り」でも使われました。
「キュピ」: ダンサーのマリー・カマルゴとして絵画等で知られているマリー・アン・ド・キュピ・ド・カマルゴ(1710-1770)を描いた作品、あるいは1741年に生まれた彼女の息子フランソワ・キュピの子守歌として書かれたものではないかと言われています。マリー・カマルゴはラモーの最初のオペラとして上演された「ヒュッポリュトスとアリキア(イポリートとアリシー)」の初演でも活躍したダンサーとしても知られています。
「マレ」: 優れたヴィオール奏者・作曲家として知られているマラン・マレを描いた作品、あるいは息子の一人を描いているのではないかと考えられています。


= ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽 : Johann Sebastian Bach (1685-1750) =

■オーボエとチェンバロの為のソナタ ト短調 BWV.1020
  第1楽章 : アレグロ / 第2楽章 アダージョ / 第3楽章 アレグロ
  Sonate für Oboe und Obligat Cembalo, g-moll, BWV.1020  I . Allegro / II. Adagio / III. Allegro
 バロック時代の作品は、フランスにおいてもドイツでも、又、イタリアでもイギリスでもずっと低音を演奏するスタイルである「通奏低音」を音楽の基本として作曲されました。その音楽様式から「通奏低音時代」と言う説もありますが、低音楽器のバス・ヴィオール、リュート(テオルボ)、時にはファゴット、そしてオルガンやチェンバロもアンサンブル(合奏)においては通奏低音楽器の一つでした。通奏低音は、元々は多声声楽曲などにおいて音楽の礎となるバスを通奏し、メンバーの力量等によって必要に応じて和音を補充していったものでしたが、バロック時代になると「通奏低音」がアンサンブルパートの1つの演奏法として確立され、そしてバロック後期にバッハらの手によってアンサンブルにおけるチェンバロの役割がまた進化します。低音旋律と和音を示す数字だけが書かれた楽譜の通奏低音パートを即興で演奏していたチェンバロの右手にも、旋律を与えた曲が書かれ始めます。オーボエやヴァイオリン、フルートなどの旋律楽器とチェンバロの右手の旋律、そして低音旋律の計3つの旋律で演奏するソナタが書かれていきます。BWV1020の作品番号を持つこのソナタも、そうした"新しい形"で書かれた曲です。2人の奏者による「トリオ」のようなソナタから、古典派以降では当たり前の「旋律楽器とピアノ伴奏」の形の音楽が生まれていったと一説では解釈されています。ト短調のこのソナタは、本来フラウト・トラヴェルソとチェンバロの為の作品ですが、現在ではオーボエのレパートリーとしてもよく演奏されているソナタです。


■ フランス組曲 第2番 ハ短調 BWV813  Französische Suite, Nr.2, c-moll BWV813
  アルマンド / クーラント / サラバンド / エア / メヌエット / ジーグ
 Allemande / Courante / Sarabande / Air /Menuet / Gigue
 J.S.バッハのチェンバロの為の組曲と言えば、「パルティータ」「イギリス組曲」そして、この「フランス組曲」がよく知られています。彼のこれらの組曲においてはアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4つの舞曲が基本の組み合わせとなり、サラバンドとジーグの間に挿入舞曲が置かれて構成されています。第2番ではエアとメヌエットが挿入舞曲にあたります。現在「フランス組曲」と呼ばれているこの組曲集ですが、J.S.バッハ自身がこの名を付けた訳ではなく、呼称起源では定かではありません。しかし、この曲集には、フランス風の趣向によるクラヴサン・スタイルで書かれた、チェンバロ特有の撥弦楽器の味わい深さと音色を重視した組曲ばかりがおさめられています。


■ 管弦楽組曲 第1番 ハ長調 BWV.1066  Orchestral Suite, Nr.1 C-dur BWV.1066
 クーラント / ガヴォット I - II / フォルラーヌ / メヌエット I - II / ブーレ I - II / パスピエ I - II
 Courante / Gavotte I - II / Forlane / Menuet I - II / Bourée I - II / Pasppied I - II
 管弦楽組曲...その名の通り管弦楽による舞曲組曲として書かれたもので、編成は2本のオーボエとファゴット、弦楽器群と通奏低音による作品ですが、今日はオーボエとチェンバロだけで演奏することに挑みます。
 この管弦楽組曲、原曲を見てみますと、さすが大バッハ! 楽曲分析のお話になりますが、メイン楽器のオーボエの下で作品の礎となる「通奏低音」の旋律から導き出される和声を一分の無駄もなく弦楽器群に割り振って書かれています。つまり極論を言えば、最もミニマルな形でこの作品を演奏するには「オーボエ+通奏低音」という形が導き出されます。序曲は2つのオーケストラが融合する箇所が一部あり、このミニマムな形では演奏出来ないので今日は演奏しませんが、クーラント以降の舞曲をBIP!編でお聴き下さい。BIP!編では「オーボエ+通奏低音」だけに留まらず、オーボエとチェンバロで出来る数種の形で演奏します。

◆ 本日演奏する作品に登場する各舞曲について◆
■ ブーレBourée : フランス オーヴェルニュ地方のフォーク・ダンスに由来するダンスであると、当時の音楽辞典や舞踏書には書かれている。2拍子系の舞曲で、当時の理論家も
ブーレの特徴として「陽気な」「喜びに満ちた」「心地よい」舞曲であると言っている。

■ ジーグGigue: 15世紀から踊られているイギリスの「Jig」というダンスが起源で、16世紀以降は跳躍を多く含んで複雑なステップ足さばきを特徴とする活発なダンスとして踊られた舞曲である。バロック時代には最も人気があった舞曲だったと言われている。

■ リゴドン Rigaudon : ブーレの関連舞曲として考えられ、ブーレと同様に2拍子系の舞曲でステップもほぼ同じのもので踊られた。

■ メヌエット Menuet : 宮廷舞踊の花形として長きに渡って踊られた、バロック宮廷舞踏を代表する舞曲。男女ペアで踊る舞曲で、少なくとも18世紀末まで踊られ続け、後にはワルツへと発展して行く。

■ アルマンド Allemande :ドイツの4拍子の舞曲で、男女が腕を様々な形で組んで踊られたもの。ドイツ人にとっては「自分たちの誇りの舞曲」であったようで、ドイツの作曲家の手によるアルマンドは、どれも立派なつくりで崇高さを感じさせる舞曲が多い。

■ クーラント Courante : フランス起源の3拍子系の舞曲で、17世紀までは貴族に愛された舞曲であった。イタリア・スタイルのものとフランス・スタイルのものがあり、イタリア・スタイルのものは「コッレンテCorrente」と呼ばれたが、イタリア・スタイルであってもフランス・スタイルの「courante」と表記されている場合が多い。イタリア・スタイルのものは3/4拍子や3/8拍子で軽快な舞曲として踊られた。一方、フランス・スタイルのものは2/3拍子で荘重で格調高い舞曲である。
本日演奏する「フランス組曲」はイタリア・スタイル、「管弦楽組曲」は軽快に演奏されることが現在多く速いテンポが慣習となっているが、フランス・スタイルで書かれている。

■ サラバンド Sarabande: スペイン起源と言われる3拍子を基本とする舞曲で、ルイ14世の時代には情熱的なエネルギーを秘めつつも荘重な舞曲として踊られた。

■ エア Air : バッハの器楽曲におけるエアは、2拍子による軽い舞曲か、あるいは短く歌いやすい二部形式の「歌の(ような)舞曲」だが、フランス組曲第2番のエアは前者である。

■ ガヴォット Gavotte : 4拍子系の舞曲で、時代を経ると共に他の舞曲が変遷しテンポや性格さえ変わってしまったものがあったにも関わらず、常に跳躍を含んで踊られた舞曲である。

■ フォルラーヌ Forlane : 北イタリアのフォークダンスが起源で、18世紀にはヴェネツィアでマンドリンやカスタネットなどの打楽器に合わせて踊る人気の高いダンスだったが、宮廷舞踏では6/4拍子の舞曲でジーグとリズムは似ているものの民族的色彩や牧歌的なキャラクターを持っている。

■ パスピエPasppied: 宮廷舞踏としてのパスピエは3拍子系の舞曲で、舞踏自体はメヌエットのヴァリエーション・ステップで踊られる。カンプラやリュリのバロック・オペラやバレエの中でパスピエは牧歌的場面や海、船乗りの登場場面で用いられることが多かったが、バッハの「管弦楽組曲」は17世紀フランスのリュリの影響を受けているので、その種のものとして書かれたと考えられる。

[解説: 中田 聖子]

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