
Musicology ?? 1.言語との関連
「?」マークのついたMusicology...「Vol.1 : 言語と音楽の関連」
演奏において、楽譜と向き合う際に、常に考えていることがある。音譜と言語との関連性である。 音符は、言葉と同じ「相手に物事を伝えるための一つの道具」であると思っているのだが、 音符を言葉に置き換えることが出来るか否か以前に、音符の構成や並びは言語と非常に密接であると思う。 音楽修辞学という学問分野が存在するが、もっと単純・低次元な所で、リズムや「語り口」を見てみれば、 音譜と言語が密接な関係にあるのが一目瞭然だ。
解りやすいところで言うと、日本語が常に「子音+母音」の連続による 「子音+母音+子音+母音+ … … +子音+母音」であるのに対して、 ヨーロッパの言語は、必ずしも「子音+母音」の連続ではなく、 そのことに、ちょっと気をつけるだけでも、楽譜の読み方が変わる。 又、楽譜を読んで行くと、前置詞に相当するような音符も、随所に見られる。 そんな部分を発見するだけで、楽譜の読み方も変わり、必然的に奏でる音楽も変わる。
さて、こんな風に書き出すと、言語学を絡めたお話ですか? という様相だが、 もっと簡単に「雰囲気」のお話...
ドイツの音楽とフランスの音楽、音楽の趣きが両者で異なるのは、一聴瞭然だが、楽譜を見てみても、 その趣向が異なるのが一目瞭然。
19世紀や20世紀音楽の楽譜も何だか音符の並びが違うねぇ... という印象を受けるが、 バロック期の楽譜も、両者で随分図柄が異なる。 よくインテリア感覚で楽譜が使われていることがあるけれども、その感覚で両者を見比べれば、 本当に別のものに見えると思う。
何が図柄を変えているのか... 特に18世紀作品においては、 フランスの作品には、実音符以外の小さな音符が沢山あるのに対し、 同方向性の作品においてドイツ音楽の楽譜は実音符で真っ黒に埋めつくされてしまっている。 実音符以外の「小さな音符」は、装飾音を意味するものだが、 ドイツの人は真面目だから、装飾も全部書き出したから、こんなにも真っ黒になったらしい。 この説、ではフランス人は真面目ではないのか!? という失礼な説だと私は思うのだが、 失礼な説かどうかは、さておき、実際のところ、例えばJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」の 第2楽章など、音符の中から「装飾であるもの」を見つけ出さねばならない。
この「装飾をどう書くか」は、むろん「お国柄」の現れではあるが、 言語にも結びついているのではないだろうか。 私のような言語学にも疎く、また語学能を持ち合わせていない人間にとって、 母国語以外の言語は、耳にしても「言語」である以前に「音」としか聞こえないのだが、 フランス語は、発音の移動が小さく聞こえるのに対して、 ドイツ語は短い音節の言葉も非常にはっきりと聞こえる。 装飾もフランス作品では、小さな音符によってニュアンスを出そうとしているのに対し、 ドイツ作品では、装飾も明確に、自然発生的に実音の中で書こうとしたのではないだろうか?
あくまでも推測でしかないが、当時、音楽の先端はフランスにあったらしい。 だからフランスの語法がドイツに入って生じたものは、いかなるものか... ということを考える 必要があるというのだが、もっと根本的なところも見落としてはならないのではないだろうか。
言語と音楽の関連は、何もテキストや修辞学だけの問題ではなく、「音」そのものにとって、 大切な事柄のように思う。あくまでも、音楽芸術は、文化の一つであり、文化は、 社会というベースが存在してこそ成立するものなのだから...。
(2007/08/16 Seiko NAKATA)
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2007年の公演情報
Concert Information... 僭越ながら中田聖子の演奏会情報です。2007年8月7日現在で皆様に発表出来るものを掲載しています。
宜しければ、お越しください。皆様のお越しをお待ちしております。
下記に掲載の公演情報についてのお問い合わせは、
私宛のメールあるいは Ticket counterフォームからどうぞ。
リサイタル2007決定! at 大阪チケット予約受付中!
■ 2007年11月24日(sat) 中田聖子チェンバロ・リサイタル「Art of J.S.Bach II」
「J.S.バッハ・パルティータ全曲演奏会」
・開演 18:30、開場 18:00
・会場 : 日本福音ルーテル大阪教会 (大阪地下鉄「谷町四丁目」駅 1B出口より徒歩1分)
・入場料 : 3,000円 (全席自由)
♪ J.S.バッハ「6つのパルティータ」(全曲) BWV.825-830
・お問い合わせ : KLAVI Tel 080-2414-1096、E-mail info@klavi.com
・主催 : KLAVI
・後援 : 沙羅の木会(相愛大学音楽学部同窓会)、ハートフルスタジオ・ミッキー、(株)フレミッシュ
■ 2007年12月21日(Fri) フルートとチェンバロのクリスマス・ナイト
・会場 : ベルギーフランドルセンター(大阪国際交流センター3F)
・開演 19:00 (開場 18:30)
・出演 : フルート 松島美香、チェンバロ 中田 聖子
詳細決定次第upします
・後援 : ベルギーフランドルセンター、沙羅の木会(相愛大学音楽学部同窓会)
過去の演奏会(2007年分)
■ 2007年1月 28日 (Sun) 「リコーダーとチェンバロの春月祭 II」
Der Kontrapunkt結成演奏会 (織田優子&中田聖子コンサートシリーズ第3回)
・会場 : 福圓寺 樂精舎 “響流” (兵庫県 伊丹市 伊丹4-3-10)
・開演 16:00、開場 15:30
・入場料 : 前売一般 2,500円、当日一般 3,000円、学生券(当日のみ販売)500円
Der Kontrapunkt : リコーダー 織田 優子、チェンバロ 中田 聖子
ゲスト : ヴィオラ・ダ・ガンバ 橋詰 玲子
~ Program ~
オトテール : 組曲 変ロ長調 op.2-3
テレマン : リコーダー、オブリガート・チェンバロと通奏低音の為のトリオソナタ変ロ長調
J.シェンク: 無伴奏ソナタ イ短調op.9-6『ダニューブ河のこだま』より
マンチーニ : リコーダーと通奏低音の為のソナタ第2番 ホ短調
J.S.バッハ : パルティータ第4番ニ長調 BWV828
J.S.バッハ : リコーダーとチェンバロの為のソナタ ロ短調 BWV828
・後援 : 大阪音楽大学<幸楽会>、沙羅の木会(相愛大学音楽学部同窓会)
■ 2007年5月18日(Fri) 中田聖子チェンバロ・リサイタル 「コア・バロックの世界」
・会場 : ホテル日航福岡 新館3F チャペル プリエール
・開演 19:00 (開場 18:30)
・入場料 : 前売3,000円、当日3,500円
・ゲスト : バロック・ヴァイオリン 河内 知子
~ Program ~
J.S.バッハ: トッカータ ニ短調 BWV913
G.フレスコバルディ: トッカータ XII ヘ調
B.パスクィーニ : カプリチョーゼ変奏曲 ハ長調
A.スカルラッティ: スペインのフォリアによる変奏曲 ニ短調
T.アルビノーニ: ヴァイオリン・ソナタ ト短調
J.H.シュメルツァー: ヴァイオリン・ソナタ V ハ短調
J.S.バッハ: パルティータ 第4番 ニ長調 BWV828
・主催 : フレミッシュ
・協賛 : ハートフル・スタジオ・ミッキー
・後援 : 十八世紀音楽祭協会、沙羅の木会(相愛大学音楽学部同窓会)
(財)福岡市文化芸術振興財団、福岡市・福岡市教育委員会
「Barocco Impression Plus! Vol.2」
2007年8月4日(sat) Barocco Impression Plus! Vol.2
・会場 : ベルギーフランドルセンター (大阪国際交流センター3F)
・開演 15:00 (開場 14:30)
・入場料 : 前売2,500円、当日3,000円 (全席自由)
・出演 : オーボエ 小林 千晃、チェンバロ 中田 聖子
~ Program ~
G.F.ヘンデル : オーボエと通奏低音の為のソナタ 変ロ長調
W.バベル : オーボエと通奏低音の為のソナタ ト短調
A.ベゾッツィ : オーボエ・ソナタ ハ長調
F.M.ヴェラチーニ : ソナタ イ短調
J.S.バッハ : パルティータ 第6番 ホ短調 BWV.830
J.S.バッハ : ソナタ ト短調 BWV.1020
・Barocco Impression ページ ・チラシを見る
・主催 : Barocco Impression
・後援 : ベルギーフランドル交流センター Flanders Center、沙羅の木会(相愛大学音楽学部同窓会)、Sema Music アイディア音楽教室
2005~2006年の演奏会はこちら
それ以前の演奏会はこちら
Mini Diary
2007/08/07(Tue)Barocco Impression Plus! 第2回公演が無事に終わりました。 暑い中をお越しくださった皆様、本当にありがとうございました。
2007/6/20(sat)
早いもので、もう6月。日にちが経過してしまいましたが、5/18の福岡公演にお越しくださった皆様ありがとうございました。
大阪では、今年も秋にリサイタルを開催予定です。
2007/2/25(sun)
新コンテンツMusicologyを作りました。
今のところ「?」付きの内容ですが、チェンバロやバロック音楽が身近になることを目標に、綴っていきたいと思っています。
2007/2/1(Thu)
今年1発目の演奏会、「リコーダーとチェンバロの春月祭2」
1/28に無事終了いたしました。お越しくださった皆様ありがとうございました。
2006/12/28(Thu)
万年工事をしているようなサイトですが(笑)日本語トップページを再構築中。
8/4 Barocco Impression Plus! Vol.2 Program Note
2007. 8/4公演のBarocco Impression Plus! のProgram Noteをupします。☆ お若い方へ...
奏者による観点に基づいて書かれたプログラムノートです。 レポートや御自身のプログラムに転載しても、点数や評価は絶対にとれません。
■ ジョージ・フリデリック・ヘンデル : オーボエと通奏低音の為のソナタ 変ロ長調 HWV.357
George Friderich Händel(1685 Halle - 1759 London): Sonata pour l'Hautbois solo (in si bemolle maggiore) HWV.357
I. II.Grave III.Allegro
生前から現代に至るまで常にバロック時代の大作曲家として評価されているヘンデル。 彼はドイツ出身でイタリアに渡った後にイギリスに帰化した、国際的な作曲家でした。 彼の旋律楽器の為のソナタは、1730年頃にロンドンのウォルシュ(John Walsh)から 出版された12のソナタの他に、ケンブリッジのフィッツウィリアム・ミュージアムにある 3つのソナタと大英図書館に1つのソナタの手稿譜が残存しています。ヘンデルは、 これらのソナタについて「当時の私は悪魔にとりつかれたように作曲していたが、 それらは主としてオーボエのためのもので、オーボエは私が気に入っていた楽器であった」と述べた と伝えられています。今日演奏する変ロ長調のソナタは、 先述のフィッツウィリアム・ミュージアムに手稿譜が残されている作品です。
■ ウィリアム・バベル : オーボエと通奏低音の為のソナタ ト短調
William Babell (ca.1690 London? - 1722 London) : Sonata III for a Oboe witha Through Bass in G minor(ca.1725)
I. II.Air III.Hornpipe IV.Giga
バベルはあまり知られていない作曲家だと思いますが、 イギリスのチェンバロ奏者、教会オルガニスト、ヴァイオリニストであり作曲家・ 編曲者として名を馳せたと伝えられています。彼の父も音楽家で、80歳迄ドルリー・レーン劇場の ファゴット奏者を努めていたそうです。その父親から教育を受けたウィリアム・バベルですが、 一説によるとヘンデルからも教育を受けたと伝えられていますが、 それを裏付ける資料は残っていません。先述の通り、長寿の父に対し、 ウィリアムは33歳で亡くなっています。彼の名声はフランス、ネーデルランド、ドイツにまで 及んでいたようで、幾つかの作品は、これらの地域にて出版されました。本日演奏するソナタは ロンドンのウォルシュより出版された「12のソナタ 第2部」(1725年頃)の第3番として おさめられた作品です。
■ アレッサンドロ・ベゾッツィ : オーボエと通奏低音の為のソナタ ハ長調
Alessandro Besozzi (1702 Parma - 1793/1775 Torino) : Sonata per oboe e basso continuo in do maggiore
I.Andante II.Allegro III.Larghetto IV.Allegretto
17世紀中頃から19世紀中頃まで活躍した音楽家一族、ベゾッツィ家。 その一族の多くがイタリアのパルマやトリノの宮廷でオーボエ奏者として仕えた家系ですが、 アレッサンドロも例外ではないベゾッツィ家の一人でした。父親から教えを受け、 13歳でアイルランド守備隊のオーボエ奏者を務め、その後、1728年から31年までパルマ公の 礼拝堂に仕えました。後にトリノのカルロ・エマヌエーレ3世の宮廷においてオーボエ奏者・ 王室楽器奏者総監督として活躍。又、パリのコンセール・スピリチュエル(18世紀フランスの音楽集団) でも演奏した記録が残っています。
このオーボエ奏者アレッサンドロ・ベゾッツィが残した作品よりハ長調のソナタを演奏致します。
■ フランチェスコ・マリア・ヴェラチーニ : ソナタ 第7番 イ短調
Francesco Maria Veracini (1690 Firenze - 1768 Firenze) : sonata Sesta in la minore(1716)
I.Largo II.Allegro III.Allegro IV.Allegro
イタリアの作曲家・ヴァイオリニストで、音楽家及び画家の芸術家系に生まれた フランチェスコ・ヴェラチーニ。叔父のアントニオも優れた音楽家でしたが、 一族の中でも数少ない、芸術とは無縁の薬剤師であった父の元に生まれました。 ヴェラチーニはフィレンツェで生まれましたが、活動の中心はヴェネチアで、 正規メンバーでもないに関わらず、ヴェネチアと言えば皆さん御存知の教会、 聖マルコ大聖堂でのクリスマス・ミサでソリストとしてヴァイオリンを演奏したと伝えられています。 又、ロンドンのオペラ劇場や、ドレスデンの宮廷でも活躍し、 晩年再びフィレンツェに戻り教会音楽家として活動した作曲家でした。 彼は非常に革新的な作曲家であったと見られており、慣習に縛られない独創的な作品を残しています。 1716年出版の「ヴァイオリンあるいはリコーダーと通奏低音の為の12のソナタ」より本日は第7番を オーボエとチェンバロの通奏低音で演奏致します。
■ヨハン・セバスチャン・バッハ : パルティータ第6番 ホ短調 BWV.830
Johann Sebastian Bach (1685 Eisenach - 1750 Leipzig): Partita VI, e-moll BWV.830
I.Toccata II.Allemande III.Courante IV.Sarabande V.Air VI. Tempo di gavotta VII. Gigue
前半でベゾッツィ、ヴェラチーニらの音楽家一族に生まれた作曲家のソナタを演奏致しましたが、 J.S.バッハも皆様御存知の通り、ドイツ アイゼナハの音楽家一族の一人。 1731年に「クラヴィーア練習曲集 第1部 Erster Teil der Klavierübung」として出版された6つの組曲が、 今日「6つのパルティータ」と呼ばれる曲で、彼の初の出版作品となったものです。 バッハは、チェンバロ曲としては「フランス組曲」「イギリス組曲」など多くの組曲を、 又、ヴァイオリンやチェロリュート、管弦楽の為の組曲も含めると非常に多数の「組曲」を残しています。 「組曲」は、バロック時代においては、幾つかの「舞曲」を並べて組まれた作品のことですが、 「6つのパルティータ」は舞曲形式にとらわれない自由さをもっています。 当時次第に「舞曲」が実際に踊られるものから鑑賞曲へと移行していった時代背景を反映した作品だと 言えるでしょう。第6番は、トッカータで始まり、6つの舞曲、即ちアルマンド、 クーラント、サラバンド、エール、ガボット、ジーグで構成されています。
■ ヨハン・セバスチャン・バッハ : オーボエとオブリガート・チェンバロの為のソナタ ト短調 BWV.1020
Johann Sebastian Bach (1685 Eisenach - 1750 Leipzig): Sonata für Oboe und Obligates Cembalo, g-moll BWV.1020
I.Allegro II.Adagio III.Allegro
前半にお聴き頂いた「ソナタ」は旋律楽器オーボエと通奏低音(:チェンバロ・パートに書かれている 音符は左手で弾く低音旋律のみで、右手の弾く音符は全く書かれておらず、ルールに基づく和音を 基本に、即興演奏していくものが通奏低音。バロック時代及び、それ以前の音楽の特徴で 「バロック時代=通奏低音時代」と言われることもある)による作品でしたが、この作品は 「旋律楽器とオブリガート・チェンバロ」の形で書かれています。この違いは、チェンバロ・ パートの右手に音符が書かれている点。バッハ以降の作曲家による、旋律楽器と鍵盤楽器の為の ソナタに、大譜表で右手と左手の音符がしっかりと指示されていることは、ごくごく当たり前の ことですが、バッハの頃は、この形で書かれた作品は、まだ珍しいものでした。
BWV.1020のソナタは、フルートとチェンバロの為に書かれたものですが、 今日オーボエ奏者のレパートリーとしても、よく演奏されている作品です。
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TOPICS
2007.8/4(sat) Barocco Impression Plus! 決定。公演情報が「うえまち」8月号に掲載中。
秋のリサイタル(大阪)とクリスマス・コンサートが決定しました。
詳細は近日UPします。
1. 「G.フレスコバルディの流れはL.vanベートーヴェンへ」
ある日、町中のとあるビルの中を歩いていると...とても懐かしい曲が流れて来た。L.van ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven ca.1770-1827)の 「ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 op.73」(1809)...『皇帝』である。 子供の頃とても大好きな曲で、練習に励んでいた記憶がある。 この曲をオーケストラと弾くことはなかったが、冒頭部分がとても好きだった。
Beethoven氏には申し訳ないが、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の音楽に傾倒し、 チェンバリストとなって、随分長い間「皇帝」のことを頭の片隅に追いやっていたが... 先日、久々に耳にして刺激のようなものが走った。
「あれ? この手法はG.フレスコバルディ(Giralamo Frescobaldi 1583-1643)ではないか」
勿論、これはぶっ飛んだ考え方である。
「皇帝」の冒頭は、オーケストラとソリスト(Tutti)が、この曲の調性Es-dur(変ホ長調)の 主和音を鳴らして始まる。そして、ソリストのピアニストが、この主和音を分散させるアルペジオを演奏、 2度の連続が続き、主和音の構成音を軸にしたパッセージで下降、再び音階で上行し、 2度ずつ音階下降して、ドッペルドミナントの和音を再びトゥッティが演奏。 その後、またソリストが速いパッセージを見せていく作り。言葉にすると何のことやら? だが、 皆様もよく御存知の作品だと思う。この冒頭、ずっとカデンツァ(Cadenza)だと思っていた。 そもそもCadenzaで始まるなんて、謎な曲だなぁと思っていた。Cadenza(独)もCadenz(伊)同様に、 元々終止形に起因するものだから、曲の冒頭に置くなんておかしい。
しかし、スタイルとは、どんどん変貌していくものであり...発展と言う方が正しいかもしれない... Beethovenの時代になれば、何でもありなのかもしれないと解釈していた。 原典を見ていないのだけれども、私の手元にある楽譜(古いものだ が、Breitkopf &Härtel版)を確認してみると、ソリストが奏でている間のオケ譜のところには 「 (cadenza)」と丁寧に書いてある。私の「Candenzaだと思うけど、こんな頭にCadenzaを置くなんて変!」 という疑問自体が誤りだったのか。
さて、現在のチェンバリストとしての私の耳には、決して、ここがCadenzaには聞こえなかったのだ。 「この主法はG.Frescobaldiではないか」と思ったように、真っ先にFrescobaldiのToccata冒頭との共通項が、 頭に浮かんだのだ。Frescobaldiは代表者としての代名詞として浮かんだのだが、 17世紀イタリアのG.Frescobaldi氏によって1つのスタイルとして大成されたと言われる「トッカータ様式」 は、楽譜づらは、その作品の調の主和音によって始まる。文字にパターン化して表すのは、 やや難しいが、主和音を奏でた後は、和音が幾つか置かれていたり、あるいは音階による走句や、 書き出されたトリルと見なすことの出来る2度音程の連続が書かれていたりする。実際には、 オルガンでは、最初に主和音を聴かせ、チェンバロでは書かれた白玉の主和音は、 分散アルペジオを聴かせる。その次は、楽譜に書かれている走句としての音符を趣味良く即興的によって 奏でていく。このスタイルは、Frescobaldiに学んだ(あるいは影響を受けた)とされるJ.J.フローベルガー (Johann Jakob Froberger 1616-1667)やヴェックマン(Matthian Weckmann ca.1616-1674)に よってドイツに入る。これは「バロック期のトッカータ様式」だと言って良いように、 奏者として私は感じている。
「皇帝」と17世紀のトッカータ作品を御存知の方ならば、ここまで言うと、 すぐにお分かりになられるかと思うが、「皇帝」の冒頭は、 トッカータ様式の冒頭に酷似する(/通ずるものがある)。
最初に主和音を鳴らす... これはバロックのトッカータ様式と同じ。ちなみに、 17世紀のトッカータ様式において、最初に主和音を鳴らすのは、 「今から、この調の音楽が始まりますよ」という提示の意味合いがあるらしい。 作品毎の解釈にもよるが、この意味を知ってからは、 最初にケバケバしく和音をチェンバロでかき鳴らすのは、あまり相応しくないのかもしれない と思うようになった(豪華に弾きたくなる作品もあるのだが...)。 「皇帝」でも、時代回帰? 最初に変ホ長調が始まりますよ!! とベートーヴェンは言いたくなったのだろうか。 (☆調性音楽においては、たいてい主和音の構成音から曲は始まりますが...)
「皇帝」・・・主和音提示の後、主和音分散アルペジオを演奏・・・トッカータ様式においても、 長い音符で和音だけ書かれていても実際の演奏現場では、分散アルペジオを駆使する。
(皇帝) 次に2度の連続・・・書き出されたトリルが、バロックのドイツ作品には、よく見られるのだが、 チェンバリストとして 「皇帝」の楽譜を見ると、この部分はトリルに見えた。(故に、書き出されたトリルと見なす)
(皇帝)主和音の構成音を主和音の構成音を軸にしたパッセージで下降・・・ バロック・トッカータ様式においても使われる。
(皇帝)再び音階で上行し、2度ずつ音階下降・・・ 上に同じ。
むろん、一つのInventio(動機)の根底が主和音であった場合に、 作曲法における動機展開の基本中の基本の手法ではあるが、 「皇帝」においても、「Iの和音(主和音)をいつまで引っ張るねん!」と大阪人 はツッコミしたくなるくらい、楽譜見開き半ページ分、ずっと音楽の動機根底がIの和音。 ここまで「ふむふむ」と読んで下さった方には、「いつまで引っ張るねん!」に注目し て頂きたいのだが、バロック期のトッカータ様式及びプレリュードにおいても、 その多くの作品が、Iの和音をいつまでも引っ張って展開しながらオープニングとするのだ。 そして、やっと和音を変える時、その和音を「しっかりと」聴かせる。 この変わった和音を「しっかりと」聴かせることは、「皇帝」において、 TuttiでIの和音から変わったドッペルドミナントを「しっかりと」聴衆に聴かせている点に同じ。 この「皇帝」の冒頭、古いスタイルからの流れを受け継いでいるのではないか... と思えるのだ。
「皇帝」の冒頭は、決して「曲の頭に何故か持ってこられたカデンツ」ではなく、 バロック・トッカータ様式を受け継いだ、「トッカータ」で始まる第1楽章と見なすことは出来ないだろうか。
L.vanBeethovenに対する資料根拠は何もない論考だが、 彼のお祖父さんは、現在のベルギーにあるブリュッセル・メッヘレン・ルーヴェンを結ぶ地域の出身の 音楽家のようだ。この地域はフランドル地域であり、バロック初期、簡単に言えば音楽 が隆盛した地域でもある。何らかの形で、G.Frescobaldiらに始まる初期様式もベートーヴェン家の DNAに記憶されていたことを否定は出来ないかもしれない。ちなみに、L.van Beethoven自身も 「幼少期にクラヴィコードを習った」という史実が伝えられている。彼が生まれた1770年には、 バロック最期の作曲家とされるJ.S.Bachは他界して20年経過しているが、 フランドルのチェンバロ製作家 D.デュルケンの最後の作品と伝えられているのは1755年の作品であり、 それから2-30年は、ピアノが発明されていたとは言え、チェンバロとピアノの新旧混合の時代と言えよう。常識的に推測すると、ドイツには、 まだチェンバロの方が台数としては多かったのではないかと思われる。 「皇帝」冒頭に対することで、私はベートーヴェンも、クラヴィコードやオルガン、チェンバロで、 G.フレスコバルディやフローベルガーらの17世紀の作曲家たちのトッカータ作品 を弾いていたのかもしれないなぁ...という希望的観測を持っている。
長々と書いて来たが、勝手な論考の結論は、「ベートーヴェンの『皇帝』の冒頭は、 カデンツァではなくトッカータ様式である」 更に、バロック作品の中でも、一般に受け入れがたいものとされる 「17世紀の作品様式は、脈々とベートーヴェンにまで、 受け継がれている」ということである。 「G.フレスコバルディの流れ」はJ.S.バッハでは終わっていない。 少なくともL.vanベートーヴェンに受け継がれている筈。 (「G.フレスコバルディの流れは、L.vanベートーヴェンへ」 チェンバリスト 中田 聖子 2007年2月24日)
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移調の謎
J.S.バッハの作品に「BWV1030」の作品目録番号が割り当てられている作品がある。一般に言う「h-moll(ロ短調)のフルート・ソナタ」のことだ。
この作品は皆様よく御存知だと思うけれども、オーボエ用の異稿譜というのがある。 こちらはg-moll(ト短調)。
蛇足だが、それは学生時代の試験の場ではあったが、私がチェンバロで最初にアンサンブルとして、 「聴いてもらう為に」演奏した作品だった。旋律楽器はバロック・オーボエ。 その後、モダン・オーボエとも弾くことがあったし、何かと縁深い曲でもある。
フルートとは、当然 h-moll、ヴォイス・フルートともh-moll、オーボエとはg-mollで弾く。
そして、リコーダーと共に演奏する時は、c-mollになる。
何故、調が各々異なるのか?
...という質問が時々あるのだけれども、それは、こういったアンサンブル曲の場合、 旋律楽器の特性(主に音域の問題)に合わせて、移調を行う(適切な調性を選択する)。
音域の問題と言っても、単に「この音が出るかどうか」という問題だけでなく、 演奏可能な音域であっても、特に管楽器は音域によって音色特色が異なるため、 その有効な音色音域を用いるために、適切な調を選択されることもある。
こういう言葉にすると難しいけれども、簡単に言えば
「より映える調性で演奏する」
というところに理由があると思う。
鍵盤楽器というのは、大多数が他の種類の楽器に比べて、 あまり演奏可能音域内での音域特性というのは無い。 面白い例があって、J.S.バッハはイタリアの協奏曲作品を鍵盤独奏に編曲したものが残っているのだけれども、 鍵盤なら音域に特に問題がある場合を除いて(チェンバロは意外と最高音は低い)、 移調する理由はあまり見当たらなさそうなのだけれども、何故か他の調を選択されている場合がある。
その理由の一つには、調性感の問題があるかもしれない。
厳密に言えば、楽器ごとに、その得意不得意とする調があって、 他の楽器に比べて、鍵盤楽器にその得意不得意の障壁は少ないにしても、 各々の調で表現される世界というのが各々にあると思う。
しかし、楽器全般的に、調性の特色は、ほぼ一貫したものであって、 そう考えると何故移調するのか? という疑問点が残ってくる。
ちなみに、ロマン派の時期になって、リスト等にもその作品は残るが、 管弦楽の為の作品(オペラ作品を含む)をピアノで演奏するパラフレーズ作品に、 移調されて書かれている例もある。ピアノは、オーケストラの全音域をカヴァー出来ると言われる程に、 音域が広いので、演奏可能音域等の問題は横たわっていない筈である。
ところで... 2006年の現時点において、私が最も複数の調で演奏する機会のある作品というのが、 このBWV1030のソナタなのだけれども、やはり鍵盤楽器にも物理的な調の得意不得意があるのではないかと、 やんわりと感ずるようになってきた。
正直なところ、鍵盤楽器においては、何調でも演奏可能だとは思う。 しかしながら、h-moll、g-moll、c-mollのうち、一番理にかなっているものは、 原調と思われるh-mollなのだ。理にかなっているつまり、指に無駄な動きがないのである。 これは物理的な結果論だけれども。
J.S.バッハは、皆様御存知の通り、鍵盤演奏にも長けていた音楽家である。
BWV1030のソナタが、フルートの為の調を選択していたとしても、 その調の中でオブリガート・チェンバロを書いて行くにあたって、 最も無駄のない音形が選択されているように思う。
無駄の生じる調で弾いても、鍵盤奏者にとって、99.9%何の問題も起こらないので、 あまり意識しないのかもしれない。
他の楽器の為の作品の鍵盤楽器作品用への移調は、 作曲家の楽器物理的見地からの特性を考慮して選択されているのかもしれない。
しかし...堂々めぐりなのだけれども、十二平均律を用い始める前の時代... 調性ごとの特色性への意識はとても強かったと考えられているのだが、 その見地から考えると疑問が多いに残る。
が、「平均律クラヴィーア作品」に書かれた落書き(?)から導き出されたリーマン調律では、
十二平均律の5度音程も出てくるような提示がされているけれども、我々が考察している程、 調特性への意識が高くはなかったのか...
あるいは...もっと柔軟で、ケース・バイ・ケースだったのかもしれない。
奏者としては、ケース・バイ・ケースで落ち着きたいのだが(笑)、
「そんないい加減な論」と言われそうだが、これは学術考察ではありませんので(笑)
☆ 議論を投げかける記事ではございませんので、あしからず。
Categories: Page8.Intermedium
こんなお話をよくするんです
「へぇーチェンバロの奏者なんですかー」「チェンバロって大きい楽器ですよね」
「持ち運ぶの大変でしょう?」
いずれも私は「はい」と答える。
チェンバロを御存知なのだと内心嬉しく思いながら、返事をする。
「チェンバロってね、オーケストラのしか聞いたことなくて、独奏って聞いたことないんですよね」
あーそうですか (^^) と答えながら、
おぉ、バロック音楽を生演奏で聴かれたことがあるんだなぁ~
とこれまた嬉しく思う。
「こう、沢山のチェンバロの人がオケで弾いてますでしょ。
チェンバロって一人だと小さい音なんですか?」
は? へ? (?_?)
ここで、私は、相手が、チェンバロとチェロとを間違えてらっしゃることに、はじめて気付く。
音楽好きなんですよ(^^) とおっしゃって、お話が弾むことも多いが、
まだまだチェンバロという楽器を御存知の方は少ないと痛感する。
「チェンバロはね、弦は張ってありますけれども、鍵盤楽器なのですよ(^^)」
チェンバロ cembalo (独)は、フランス語ではクラヴサン Clavecin、
英語ではハープシコード Harpsichordと呼ぶ、
ピアノが産まれる前に盛んに用いられた鍵盤楽器である。
形状はピアノの前身なのだが、内部構造が違う。
ピアノは、弦をハンマーで打って音を出すのだが、チェンバロは弦を爪がはじいて音を出す。
鍵盤の先...これは楽器の中に入っているものだから、外からは見えないけれども、
先に繋がるものが、爪なんですよ。
私は説明が上手ではないので、大抵「?」な顔をされる。
一度見て頂けたら、疑問は一気に吹っ飛ぶと思うのですが f(^^;;
「どんな音なのですか?」
音の種類は、弦をはじいて音を出すので、ハープやギターやお琴...と似通っていますが、
これまた聴いて頂くのが一番良いかと... 良かったら一度、演奏会にお越しくださいな(^^)
勿論、宣伝目的など持たずにチェンバロのお話をするのだが、
最後に宣伝するしかないや...となることが多い...。
人の良い方や、本当に「チェンバロってどんな楽器なの?」と思われた方は、
社交辞令でなく、実際に演奏会に足を運んで下さる方も多い。
「チェンバロ お初」が私の演奏となる方がおられる...奏者として責任重大。
チェンバロ自体のイメージを良しとするか悪しとするかは、私の演奏次第...
チェンバロという楽器を一人でも多くの方に知って頂きたい...と思ったと同時に、
重大な責任を負ったのだと、私は思っている。
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Q. 上と下の鍵盤、一緒に動いているみたいに見えますが...
「上と下の鍵盤、一緒に動いているみたいに見えますが...」アンケートや頂くメールで最も多い質問です。
チェンバロの鍵盤は、上鍵盤と下鍵盤、一緒に動くように見えるんじゃなくて、一緒にも動きます (笑)
チェンバロのしくみは、私がお答えするよりも、チェンバロ製作家さんのサイトを御覧になられた方が、 分かりやすいと思うので、詳説は割愛致しますが、 ヒストリカル・チェンバロの二段鍵盤式の楽器には、 通常、上鍵盤と下鍵盤に、同じ高さの音がする弦 (8'弦と呼ぶ)がそれぞれ張られています。
... 又、たいていの二段鍵盤チェンバロの下鍵盤には、 オクターブ高い音の弦(4'弦と呼ぶ)も張られているのですが、この話は、今回は蛇足なり。
下鍵盤と上鍵盤、同じ高さの音が出るのですが、
(☆ 二段も鍵盤があって、音域が広いんですねーと言われますが、 エレクトーンのような仕組みではないことも、蛇に足を生やしておこう(笑) )
それぞれ微妙に音色が違うように、調整されています (通常は。)
8'弦1本でも、演奏しますが、より分厚い音で演奏したい時に、 上鍵盤と下鍵盤を一緒に動かすレジスターを用い、8'弦2本を鳴らして演奏します。
これが「上鍵盤と下鍵盤が一緒に動いている」状態での演奏です。
ちなみに、下鍵盤をぐっと押し込むことで、上下連動させる仕組みになっている楽器が、 最近では多く作られているように思います。どのような操作で連動するのかは、本当は楽器によって異なります。
プレイヤーの近くの席に座られた方は、そんなところも、演奏会で見てみてください(^^)
またまた蛇足ながら、4'弦を加えた音色で演奏することもあります。
通常
・ 下鍵盤の8'弦+4'弦
・ 上下鍵盤の8'弦2本+4'弦
という音色の使い分けがあります。
これに加えて、チェンバロには、
・ 上鍵盤の8'弦1本
・ 下鍵盤の 〃
・ 上下鍵盤の8'弦2本
・ バフストップ(ミュートをかけたような音がする)を用いた8'弦
(☆楽器によってバフがかかるのは上だったり、下だったり。両方にかかる楽器もあります)
めったに使わないが、
・ 4'弦1本。
以上、7種類の音色を使い分けることが出来ます。
これに、奏者の指先で弾き分ける音色が、各々に、無限に加わります(^^)
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