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    <updated>2009-10-29T16:59:56Z</updated>
    <subtitle>こちらはweb&quot;Klavi&quot;の1ページです。チェンバロ奏者の中田聖子が音楽をテーマに文章を綴っています。</subtitle>
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    <title>奏者観点で... 日本音楽学会全国大会に行ってきました</title>
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    <published>2009-10-29T16:58:13Z</published>
    <updated>2009-10-29T16:59:56Z</updated>

    <summary>10/24-25、日本音楽学会全国大会(於 阪大)に行って来た。 今回参加したの...</summary>
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    <category term="音楽学" label="音楽学" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>10/24-25、日本音楽学会全国大会(於 阪大)に行って来た。<br />
今回参加したのは、以下のもの。<br />
・シンポジウム『第一次世界大戦と音楽史』<br />
・研究発表『模範としての「演奏のスタイル」ーフレスコバルディのトッカータにおけるパラドックス』大岩みどり氏、<br />
・研究発表『体系か概念か?19世紀「旋法」再考ー tonとmodeを手がかりに』安川智子氏<br />
・研究発表『コプラ概念再考』平井真希子氏<br />
・研究発表『１９世紀フランスにおける単旋聖歌の復興運動と『単旋聖歌伴奏の理論と実践』』木内麻理子氏<br />
・シンポジウム『メンデルスゾーンの「イタリア」ードイツ人音楽家のイタリア旅行体験を多角的に検証する」</p>

<p>　私の視点はあくまでも奏者観点であるので、ここで 各シンポジウムについて や 研究発表について の言及は避けるけれども、概して研究発表を聞く度に残念に思うことがある。それは、音楽作品が楽譜の形で残されていても実際に鳴り響く音楽として残されていないことである(これを嘆くのは仕方のないことではあるが)。19世紀末や20世紀に入ると作曲家自身の手による録音や、作曲家が関与した演奏録音が残されている場合があるけれども、鳴り響く音が残っていれば...と思うことがしばしばある。実際の音にする迄の音楽学的研究が必要な場合もあれば(コプラ概念などはまさにそのケース)、これは特に奏者観点の意見だけれども19世紀以降の読譜の習慣やその概念のままに研究を進めては非常に危うい場合もある。<br />
　どの研究発表でそう思ったのか、ということではないが、今回感じたことは、現在「１９世紀以降の」概念というように言われるものも、果たしていつからのものにそれが言えるのか?ということ。全ての19世紀以降の作曲家においてそれが通用していたのかが疑問だ。もしかしたら「19世紀以降」「18世紀以前」を奏者間で言っていても、それは小さなコミュニティ(=日本人だけ)でのことかもしれないし、もちろん主にバロックを演奏する者達が扱う音楽も16世紀、17世紀、18世紀、さらには各Centuryの前半後半、又、地域によって異なり、同じ概念では音楽を扱えない。音楽学研究が進むことは演奏実践において非常に重要であり待望していることであるけれども、時には演奏実践から研究を疑うことも、いや、今後はそんなことも必要になってくるのではないか、と考えた。堂々巡りのようだけれども...。<br />
　そして、今言われている(いや「今言う」こと自体が何だか古い考え方の音楽観だなぁとさえも思うけれども)「19世紀以降の音楽観」というのは、実は20世紀に入ってからの音楽観であって、これももしかしたら第一次世界大戦を境目にしているのではないか? という極論も思い浮かんでしまった。<br />
　もっともベストな研究の形というのは、研究者と実践者の双方で実験し検証していくことだろうけれども。芸術学の分野を超える必要もあるだろうなぁとさえ思う。<br />
　あくまでも現在の日本のソルフェージュ教育が通用しない楽譜を日々読んで音にすることを考えているチェンバロ奏者の思うことにすぎないけれども(むろん全てのチェンバロ奏者がそうは思っていないであろうことも断っておきます)、素晴らしい研究発表を目の前にしても、そんな細かいところも気になってしまうのは職業病かもしれない。</p>

<p>　ところで、意外にも異分野(私にとってはEarly Music以外の音楽分野)の研究発表だとかシンポジウムが妙に刺激になることも面白い。様々な点で「考え直す」ということにあたっての参考になることが多い。勿論、方法を「変換」しなければならないのではあるが...。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>もくじ</title>
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    <published>2009-10-28T17:35:41Z</published>
    <updated>2009-10-29T17:04:41Z</updated>

    <summary> ・2009.10.30「奏者観点で、日本音楽学会全国大会に行って来ました」 ・...</summary>
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        <name>seiko</name>
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        <category term="目次" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="nl" xml:base="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/">
        <![CDATA[<p><small><br />
・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2009/10/post-4.html">2009.10.30「奏者観点で、日本音楽学会全国大会に行って来ました」</a></p>

<p>・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2008/07/post-1.html">2008.07.07「移調の謎」</a></p>

<p>・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2008/07/-1.html">2007.08.16「言語と音楽の関連: その1」</a></p>

<p>・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2008/05/gfrescobaldilvan-beethoven.html">2007. 02. 04「G.フレスコバルディの流れは、L.van ベートーヴェンヘ」</a></p>

<p>---</small><br />
<font color="#cc6699"><i><br />
Program Note</i></font><br />
<small><br />
・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2009/07/post-3.html">2009.06.06「ドイツ三大巨匠のオーボエとチェンバロ」(at池田)にて配布<br />
『本日のコンサートをより楽しんで頂く為に...』</a></p>

<p>・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2009/07/vi.html">2009.01.15 中田聖子チェンバロ・リサイタルVI「J.S.バッハとフランス」</a></p>

<p>・<a href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2008/07/program-note-200784-bip.html">2007.08.04 Barocco Impression Plus!</a></p>

<p><br />
</small></p>]]>
        
    </content>
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    <title>2009.07.19: Barocco Impression Plus! Vol.3</title>
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    <published>2009-07-17T16:42:55Z</published>
    <updated>2009-07-17T17:26:02Z</updated>

    <summary> 2009.07.19 開催 「Barocco Impression Plus!...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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        <![CDATA[<p><small><br />
2009.07.19 開催 「Barocco Impression Plus! Vol.3」<br />
プログラム・ノートより</p>

<p>[解説 : 中田聖子]</p>

<p><br />
= フランスの作曲家の音楽 = 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
■ ヨーゼフ・ボダン・ド・ボワモルティエ : 組曲 第２番 ト長調 op.35-2<br />
プレリュード / ブーレ / ミュゼット[ロンドー] / ジーグ / リゴドン<br />
Joseph Bodin de Boismortier(1689-1755) : Deuxiéme Suite. Op.35-2<br />
　Prélude / Bourée / Musette en Rondeau / Gigue / Rigaudon<br />
　皆様御存知のJ.S.バッハと同時代を生きたフランスの作曲家・理論家のボワモルティエですが、フルートの作品がよく知られていると思います。今日演奏する組曲も本来はフラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)と通奏低音楽器の為に書かれた作品ですが、オーボエと"チェンバロによる通奏低音"で演奏します。当時は作曲家=演奏家として成功していくのが音楽家の常でしたが、彼は出版活動によって収入を得てパトロン無しで生きた、珍しいタイプの作曲家でした。この組曲もそんな出版活動によって世に出た作品です。バロック時代に書かれた組曲は、幾つかの舞曲を組み合わせて構成されていますが、この組曲もプレリュード(前奏曲)と3つの舞曲と「ミュゼット」の全５曲で構成されています。組曲の第３曲として登場する「ミュゼット」は、ミュゼットという風袋をもつフランスのバグパイプのような民族楽器の響きを模した音楽です。</p>

<p><br />
■ ジャン・バティスト・アントワーヌ・フォルクレ Jean-Baptiste-Antoine Forqueray(1699-1782)<br />
　「ラ・マレッラ」「ラ・フォルクレ」「ラ・ルクレール」<br />
　"La Marella", "La Forqueray", "La Leclair"  ("Piecés de clavecin" Paris, 1747)<br />
　ジャン・バティスト・アントワーヌ・フォルクレも、バッハ一族と同様に当時活躍した音楽家一族の者でJ.S.バッハと同時代を生きた人でした。今日演奏する３曲がおさめられた『クラヴサン曲集』はJ.B.A.フォルクレによって書かれたものですが、この曲集は彼の父アントワーヌ(1672-1745)の『通奏低音付きヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)曲集』をクラヴサン(仏語でチェンバロのこと)用に編曲したものです。フォルクレ"父"(名が紛らわしい為、実際に彼ら自身も"Le Pière 父"、"Le Fils 息子"と書いていた)は、ルイ14世の王室付き楽団のヴィオール奏者として活躍しました。フォルクレ"父"は同時期の優れたヴィオール奏者マラン・マレ(1656-1728)とヴィルトゥオーゾぶりが常に比べられ、「マレは天使の如く、フォルクレ"父"は悪魔の如く奏でる」というアンリ・ル・ブランの有名な言葉が残っています。又、フォルクレ"息子"も優れたヴィオール奏者でした。ヴィオールはルイ1４世が愛好した楽器であったと伝えられており、ルイ14世の時代はヴィオール全盛期でありましたが、息子がルイ15世の王室付き音楽家として活躍していた頃には既に衰退の色を見せ始めていました。一方、クラヴサンはまだまだ全盛期でしたが、フォルクレ"息子"の時代にフランスで使用されたチェンバロは中音域の豊かな音色が特徴でした。その為、原曲のヴィオールの音域が低音域であることだけでなく、編曲にあたって敢えて移調せずに低音域のままで書かれたようです。ところで、ヴェルサイユのクラヴサン作品には音楽によって人物を描写するものが多数残っています。<br />
今日演奏するラモーの作品にもそのような作品がありますが、その種の作品から選曲しました。<br />
「ラ・マレッラ」(組曲第４番より) : ヴィオール奏者のマレッラを描写していると思われます。彼は1745年のフランス皇太子の結婚の祝典で、ダンサーのキュピらと共に演奏をしたと伝えられています。<br />
「ラ・フォルクレ」(組曲第１番より) : フォルクレ"父"を描いた作品であると考えられています。<br />
「ラ・ルクレール」(組曲第２番より) : 優れたヴァイオリニストであり作曲家として知られているジャン・マリー・ルクレール(1697-1764)を描いた作品です。</p>

<p><br />
■ ジャン・フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau (1683-1764)<br />
「コンセール」第２番 より「アガサント」「メヌエット」、第５番より「キュピ」「マレ」<br />
Deuxiéme concert "Agaçante", "Menuet", Cinquiéme concert "La Cupis", "La Marais"<br />
[Pièces de clavecin en concert (Paris,1741)]<br />
　ラモーもJ.S.バッハと同時代を生きたフランスの作曲家・理論家で、作曲家としては特に劇場音楽の分野で活躍した人でした。彼の劇場音楽以外の作品の多くは、劇音楽を作曲し始める前に書かれましたが、コンセール曲集は劇場音楽家としての活動を始めてから創作されました。本来この曲集は「フラウト・トラヴェルソかヴァイオリン」「ヴィオールかヴァイオリン」「チェンバロ」の3つの楽器の為の合奏曲集として書かれていますが、今日はオーボエとチェンバロでのBIP!編にて演奏します。原曲を御存知の方は、原曲とは異なるサウンドをお楽しみ頂ければ幸いです。<br />
「アガサント」: 現在のフランス語辞典で「agaçant(e)」の項目を見ると「『苛立たせる、うるさい』の意味を持つ形容詞」とありますが、当時のフランスの辞典である『フュルティエール辞典』(1690)や『トレヴー辞典』(1704)には、『挑発、誘惑すること』であるとの記述があります。そんな様子を描いた曲であると思われます。<br />
「メヌエット」: メヌエットは舞曲ですが、「コンセール第２番」を締めくくる曲として書かれています。フランスの作品では組曲やソナタを締めくくる曲であることが多く、その場合、それまでのダンスや音楽の余韻を楽しむための意味を持たせることがありました。このメヌエットは後に劇場作品「詩神ポリュムニアの祭り」でも使われました。<br />
「キュピ」: ダンサーのマリー・カマルゴとして絵画等で知られているマリー・アン・ド・キュピ・ド・カマルゴ(1710-1770)を描いた作品、あるいは1741年に生まれた彼女の息子フランソワ・キュピの子守歌として書かれたものではないかと言われています。マリー・カマルゴはラモーの最初のオペラとして上演された「ヒュッポリュトスとアリキア(イポリートとアリシー)」の初演でも活躍したダンサーとしても知られています。<br />
「マレ」: 優れたヴィオール奏者・作曲家として知られているマラン・マレを描いた作品、あるいは息子の一人を描いているのではないかと考えられています。</p>

<p><br />
= ヨハン・セバスチャン・バッハの音楽 : Johann Sebastian Bach (1685-1750) =</p>

<p>■オーボエとチェンバロの為のソナタ ト短調 BWV.1020<br />
　　第１楽章 : アレグロ / 第２楽章 アダージョ / 第３楽章 アレグロ<br />
　　Sonate für Oboe und Obligat Cembalo, g-moll, BWV.1020　　I . Allegro / II. Adagio / III. Allegro<br />
　バロック時代の作品は、フランスにおいてもドイツでも、又、イタリアでもイギリスでもずっと低音を演奏するスタイルである「通奏低音」を音楽の基本として作曲されました。その音楽様式から「通奏低音時代」と言う説もありますが、低音楽器のバス・ヴィオール、リュート(テオルボ)、時にはファゴット、そしてオルガンやチェンバロもアンサンブル(合奏)においては通奏低音楽器の一つでした。通奏低音は、元々は多声声楽曲などにおいて音楽の礎となるバスを通奏し、メンバーの力量等によって必要に応じて和音を補充していったものでしたが、バロック時代になると「通奏低音」がアンサンブルパートの１つの演奏法として確立され、そしてバロック後期にバッハらの手によってアンサンブルにおけるチェンバロの役割がまた進化します。低音旋律と和音を示す数字だけが書かれた楽譜の通奏低音パートを即興で演奏していたチェンバロの右手にも、旋律を与えた曲が書かれ始めます。オーボエやヴァイオリン、フルートなどの旋律楽器とチェンバロの右手の旋律、そして低音旋律の計3つの旋律で演奏するソナタが書かれていきます。BWV1020の作品番号を持つこのソナタも、そうした"新しい形"で書かれた曲です。2人の奏者による「トリオ」のようなソナタから、古典派以降では当たり前の「旋律楽器とピアノ伴奏」の形の音楽が生まれていったと一説では解釈されています。ト短調のこのソナタは、本来フラウト・トラヴェルソとチェンバロの為の作品ですが、現在ではオーボエのレパートリーとしてもよく演奏されているソナタです。</p>

<p><br />
■ フランス組曲 第２番 ハ短調 BWV813　　Französische Suite, Nr.2, c-moll BWV813<br />
　 アルマンド / クーラント / サラバンド / エア / メヌエット / ジーグ<br />
　Allemande / Courante / Sarabande / Air /Menuet / Gigue<br />
　J.S.バッハのチェンバロの為の組曲と言えば、「パルティータ」「イギリス組曲」そして、この「フランス組曲」がよく知られています。彼のこれらの組曲においてはアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4つの舞曲が基本の組み合わせとなり、サラバンドとジーグの間に挿入舞曲が置かれて構成されています。第２番ではエアとメヌエットが挿入舞曲にあたります。現在「フランス組曲」と呼ばれているこの組曲集ですが、J.S.バッハ自身がこの名を付けた訳ではなく、呼称起源では定かではありません。しかし、この曲集には、フランス風の趣向によるクラヴサン・スタイルで書かれた、チェンバロ特有の撥弦楽器の味わい深さと音色を重視した組曲ばかりがおさめられています。</p>

<p><br />
■ 管弦楽組曲 第１番 ハ長調 BWV.1066　　Orchestral Suite, Nr.1 C-dur BWV.1066<br />
　クーラント / ガヴォット I - II / フォルラーヌ / メヌエット I - II / ブーレ I - II / パスピエ I - II<br />
　Courante / Gavotte I - II / Forlane / Menuet I - II / Bourée I - II / Pasppied I - II <br />
　管弦楽組曲...その名の通り管弦楽による舞曲組曲として書かれたもので、編成は2本のオーボエとファゴット、弦楽器群と通奏低音による作品ですが、今日はオーボエとチェンバロだけで演奏することに挑みます。<br />
　この管弦楽組曲、原曲を見てみますと、さすが大バッハ! 楽曲分析のお話になりますが、メイン楽器のオーボエの下で作品の礎となる「通奏低音」の旋律から導き出される和声を一分の無駄もなく弦楽器群に割り振って書かれています。つまり極論を言えば、最もミニマルな形でこの作品を演奏するには「オーボエ+通奏低音」という形が導き出されます。序曲は２つのオーケストラが融合する箇所が一部あり、このミニマムな形では演奏出来ないので今日は演奏しませんが、クーラント以降の舞曲をBIP!編でお聴き下さい。BIP!編では「オーボエ+通奏低音」だけに留まらず、オーボエとチェンバロで出来る数種の形で演奏します。</p>

<p></p>

<p>◆ 本日演奏する作品に登場する各舞曲について◆<br />
■ ブーレBourée : フランス オーヴェルニュ地方のフォーク・ダンスに由来するダンスであると、当時の音楽辞典や舞踏書には書かれている。2拍子系の舞曲で、当時の理論家も<br />
ブーレの特徴として「陽気な」「喜びに満ちた」「心地よい」舞曲であると言っている。</p>

<p>■ ジーグGigue: 15世紀から踊られているイギリスの「Jig」というダンスが起源で、16世紀以降は跳躍を多く含んで複雑なステップ足さばきを特徴とする活発なダンスとして踊られた舞曲である。バロック時代には最も人気があった舞曲だったと言われている。</p>

<p>■ リゴドン Rigaudon : ブーレの関連舞曲として考えられ、ブーレと同様に2拍子系の舞曲でステップもほぼ同じのもので踊られた。</p>

<p>■ メヌエット Menuet : 宮廷舞踊の花形として長きに渡って踊られた、バロック宮廷舞踏を代表する舞曲。男女ペアで踊る舞曲で、少なくとも18世紀末まで踊られ続け、後にはワルツへと発展して行く。</p>

<p>■ アルマンド Allemande :ドイツの4拍子の舞曲で、男女が腕を様々な形で組んで踊られたもの。ドイツ人にとっては「自分たちの誇りの舞曲」であったようで、ドイツの作曲家の手によるアルマンドは、どれも立派なつくりで崇高さを感じさせる舞曲が多い。</p>

<p>■ クーラント Courante : フランス起源の３拍子系の舞曲で、17世紀までは貴族に愛された舞曲であった。イタリア・スタイルのものとフランス・スタイルのものがあり、イタリア・スタイルのものは「コッレンテCorrente」と呼ばれたが、イタリア・スタイルであってもフランス・スタイルの「courante」と表記されている場合が多い。イタリア・スタイルのものは3/4拍子や3/8拍子で軽快な舞曲として踊られた。一方、フランス・スタイルのものは2/3拍子で荘重で格調高い舞曲である。<br />
本日演奏する「フランス組曲」はイタリア・スタイル、「管弦楽組曲」は軽快に演奏されることが現在多く速いテンポが慣習となっているが、フランス・スタイルで書かれている。</p>

<p>■ サラバンド Sarabande: スペイン起源と言われる3拍子を基本とする舞曲で、ルイ14世の時代には情熱的なエネルギーを秘めつつも荘重な舞曲として踊られた。</p>

<p>■ エア Air : バッハの器楽曲におけるエアは、2拍子による軽い舞曲か、あるいは短く歌いやすい二部形式の「歌の(ような)舞曲」だが、フランス組曲第２番のエアは前者である。</p>

<p>■ ガヴォット Gavotte : 4拍子系の舞曲で、時代を経ると共に他の舞曲が変遷しテンポや性格さえ変わってしまったものがあったにも関わらず、常に跳躍を含んで踊られた舞曲である。</p>

<p>■ フォルラーヌ Forlane : 北イタリアのフォークダンスが起源で、18世紀にはヴェネツィアでマンドリンやカスタネットなどの打楽器に合わせて踊る人気の高いダンスだったが、宮廷舞踏では6/4拍子の舞曲でジーグとリズムは似ているものの民族的色彩や牧歌的なキャラクターを持っている。</p>

<p>■ パスピエPasppied: 宮廷舞踏としてのパスピエは3拍子系の舞曲で、舞踏自体はメヌエットのヴァリエーション・ステップで踊られる。カンプラやリュリのバロック・オペラやバレエの中でパスピエは牧歌的場面や海、船乗りの登場場面で用いられることが多かったが、バッハの「管弦楽組曲」は17世紀フランスのリュリの影響を受けているので、その種のものとして書かれたと考えられる。</p>

<p>[解説: 中田 聖子]</small></p>]]>
        
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    <title>「ドイツ三大巨匠のオーボエとチェンバロ」</title>
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    <published>2009-07-08T17:18:08Z</published>
    <updated>2009-07-08T17:22:30Z</updated>

    <summary>2009.06.06「ドイツ三大巨匠のオーボエとチェンバロ」(in 池田アゼリア...</summary>
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        <![CDATA[<p><small><i>2009.06.06「ドイツ三大巨匠のオーボエとチェンバロ」(in 池田アゼリア) 配布</i></p>

<p>(バロック音楽を御存知ではない方にもコンサートを楽しんで頂きたいと思って書いたものです。公演当日に会場で配布しました)</p>

<p><br />
「本日のコンサートをより楽しんで頂く為に... 」チェンバロ 中田 聖子</p>

<p>■ バロック音楽とは...<br />
 時代としては1600年頃から1750年頃迄の17-18世紀前半のヨーロッパの音楽を指します。日本の時代区分では、ちょうど江戸時代の前半がすっぽりとこの時期に入り、桃山文化の後期と元禄文化の時期と重なります。この頃のヨーロッパでの音楽が、現在我々が言う「クラシック音楽」の基礎となっており、小中学校の音楽室にある作曲家の肖像画はバロック時代の作曲家達のものが一番古くなっています。その作曲家達はバッハやヘンデル、ヴィヴァルディだと思います。バロック音楽に馴染みがなくても、彼らの名前は御存知かもしれませんが、彼らはバロック期の最後期の作曲家達です。今日はそのバロック後期のドイツ出身の三大作曲家、J.S.バッハとヘンデル、そしてテレマンの曲を演奏します。バロック初期・中期も素晴らしい音楽ばかりなのですが、後期になって長調・短調の調性音楽が確立され 、華やかな作品も多く残っている為、日本人にとっては馴染みやすくバロック後期が盛期だと言われています。</p>

<p><br />
■ バロック時代 = 通奏低音時代<br />
 バロック期の時代を音楽様式から「通奏低音時代」と言う説もあります。通奏低音...その名の通り、ずーっと低音を演奏するスタイル。元々は多声部の声楽曲のガイドとして音楽の礎になるバスをオルガンやチェンバロが通奏し、その和声(和音)をコーラス・メンバー達の力量に合わせて補充していったものでしたが(勿論、必要のない力量のメンバーの場合、不要なものでした)、バロック時代になるとガイドであった「通奏低音」がアンサンブルにおける鍵盤楽器パートの1つの演奏法へと確立していきます。声楽の多声部用の曲の楽譜から最低音を拾い和音を判断していったものだったのが、通奏低音パートが独立して書かれるようになり、和音を考えなくてもいいように数字で和音を示すようになっていきます。数字は今でいう「コードネーム」のような役割をしているものなのですが、器楽曲のバス・パートとしてもそれが用いられ、オルガニストやチェンバリストは、楽譜に書かれたバス旋律の音符を弾きながら、数字示された和音に基づいた即興で装飾を奏でて行きます。今日演奏する中では、ヘンデルとテレマンのソナタが旋律楽器(オーボエ)と通奏低音パートの為に書かれた曲です。</p>

<p><br />
■ J.S.バッハ、テレマン、ヘンデル<br />
 今日演奏する三人の生没年は、バッハが1685-1750、テレマンが1681-1767、ヘンデルが1685-1789。バッハとテレマンは同級生、テレマンは4歳上のお兄さんということになります。『バロック音楽とは...』のところで、1750年頃迄がバロックに当たると述べましたが、テレマンもヘンデルも1750年以降も生きておられました。J.S.バッハは音楽史の上で特に重要な作曲家であり、時代様式は勿論ある時を境に突如として変わるものではありませんので、一応、バッハの没年を区切りの目安として扱われています。ある学説の視点からは「バッハは、当時では既に古いスタイルでの音楽を書いた作曲家であった」と言われています。<br />
 三人の中で浮いた存在であるのがバッハで、彼だけがドイツから1歩も外に出ることはありませんでした。ヘンデルはイタリアのナポリに留学し、ナポリ派オペラの作曲家達から学び(あるいは影響を受け) その後、渡英、そしてイギリスに帰化しました。テレマンはドイツの各都市で活躍した作曲家でしたが、度々パリを訪れていた記録が残っています。又、バッハだけが劇場音楽の作曲家ではありませんでした。ヘンデルもテレマンも劇場音楽(オペラなど)の作曲家として名声を得ましたが、バッハだけがオペラを1曲も残していません。<br />
 しかし、決してバッハが当時仲間外れだった訳ではありません。勿論、浮いた存在というのは音楽学上でのお話であって、J.S.バッハはテレマンと交流があり、ミドルネーム「フィリップ」を貰って次男に付けていますし、今日はテレマンの協奏曲を原曲にしたJ.S.バッハの作品も演奏します。又、テレマンとヘンデルとの関係は文通を交わす仲であったと伝えられていますし、テレマンの『食卓の音楽』出版の予約名簿には友人のヘンデル博士の名がありました。ヘンデルとバッハは、叶わなかったもののハレ迄バッハが会いに行ったと伝えられています。すれ違いであったと伝えられていますが、それは決して接点を否定するものではありません。</p>

<p>■ 今日の演奏曲について</p>

<p>・ J.S.バッハ「イタリア協奏曲」:オーボエの白木さんのリクエスト曲「イタリア協奏曲」で幕開けさせて頂きます。バッハのチェンバロ作品としては最も有名な曲ですが、おかしなことにチェンバロ独奏の曲なのに「協奏曲」というタイトルがついています。協奏曲は本来オーケストラ曲で、ソロ楽器とオーケストラの全奏との対比が見られる形の曲です。二段鍵盤のチェンバロでは、下鍵盤で複数弦による厚い音を出すことが出来る構造になっていますが、「イタリア協奏曲」では下鍵盤の厚い音でオーケストラの全員奏を、上鍵盤の単独弦の音でソロ楽器の風情を演奏し、「協奏曲」のソロの部分と全奏の部分の対比を描いた曲として書かれています。<br />
・ G.P.テレマン「オーボエ・ソナタ イ短調」:現在TWV41:a3という作品目録番号が付いているイ短調のオーボエ・ソナタは『忠実なる音楽の師』という作品集にあるソナタです。『忠実なる音楽の師』は、1年間の定期刊行物としてテレマンが自費出版した作品集で60曲以上にも渡ります。ビジネスマンとしての才能もあったテレマンは商業的に上手な出版の仕方をしており、4楽章構成のこのソナタですが1-2楽章をまず出版し、その後、別のチェンバロ曲や声楽曲を刊行、そして時間を置いて3-4楽章が出版されました。<br />
・ J.S.バッハ「テレマンの協奏曲TWV51に基づくチェンバロ独奏用協奏曲 BWV985」:これも協奏曲なのにチェンバロ独奏曲! 原曲がテレマンのヴァイオリン協奏曲で、それを元にバッハがチェンバロ独奏で弾けるように編曲した作品です。バッハはヴァイマールの宮廷に仕えていた時がありましたが、領主の甥エルンスト公子が留学先のアムステルダムから戻って来たのがこの作品が書かれるきっかけとなりました。エルンスト公子はアムステルダムで盲目のオルガニスト、ヤン・ヤーコプ・グラーフが協奏曲を鍵盤独奏用に編曲して演奏するのを聴いてきました。そこで同様にヴィヴァルディの『調和の霊感』やテレマンの協奏曲をチェンバロ1台あるいはオルガン1台で演奏する作品に編曲せよとバッハに命じたという訳です。そしてバッハは17曲のチェンバロ独奏用協奏曲と6曲のオルガン独奏用協奏曲へと編曲しました。この編曲のお仕事はバッハにとって様々な作曲動機に繋がったようで「イタリア協奏曲」もこの編曲がなければ生まれなかったのではないかと考えられています。</p>

<p>・ G.F.ヘンデル「オーボエ・ソナタ 変ロ長調」:ヘンデルがイタリアやイギリスに渡った国際的な作曲家であったことは先に述べましたが、彼の作品はイギリスやオランダで生前出版されました。オーボエ、ヴァイオリン、フルート、リコーダーといった旋律楽器の為のソナタは1730年頃にロンドンのウォルシュから出版された12のソナタがよく知られていますが、他にケンブリッジのフィッツウィリアム・ミュージアムに残る3曲と大英博物館所蔵の1つのソナタの手稿譜が残存しています。ヘンデルはこれらのソナタについて「当時の私は悪魔に取り憑かれたように作曲していたが、それらは主としてオーボエの為のもので、オーボエは私が気に入っていた楽器であった」と言った、と伝えられています。今日演奏するソナタはフィッツウィリアム・ミュージアムに手稿譜が残されている曲です。<br />
・ G.F.ヘンデル「クラヴサン組曲 ニ短調HWV428」：バロック時代には様々な楽器の為の「組曲」が沢山書かれましたが、組曲は幾つかの舞曲を組み合わせて構成したものです。HWV428という作品目録番号が付いているこのクラヴサン(仏語でチェンバロのこと)組曲は、6つの曲で構成され「プレリュード」(前奏曲)で始まります。次に続くのは「アレグロ」ですが、これはフーガという多声部の旋律を織りなすような形式で書かれており、最初の「プレリュード」とセットで１つの前奏曲として解釈出来ます。3つめは「アルマンド」。アルマンドは男女が腕を様々な形で組み合わせて踊るドイツ起源の舞曲です。4つめは「クーラント」ですが、クーラントと表記される跳躍を伴う舞曲には2種類があり2拍子系のフランスの「クーラント」と3/4拍子や3/8拍子のイタリアの「コレンテ」があります。表記が混同されることが多いのですが、フランス語でこの組曲では表記されていますが、3/4拍子のイタリア・スタイルの「コレンテ」で書かれています。5つめは「エア」。テーマとなるバスに美しい装飾がきらびやかな「エア」には、変奏が5つ続きます。最後は「プレスト」と書かれた曲ですが、同じ旋律がヴァイオリン・ソナタにも用いられているのが有名です。<br />
・ J.S.バッハ「オーボエとチェンバロの為のソナタ 変ホ長調BWV1031」：今日オーボエとチェンバロで演奏する曲の中で、このソナタは異種のものです。テレマンとヘンデルのソナタでは、チェンバロが弾くところはバス(低音)の旋律しか書かれておらず右手は即興で演奏しますが、このソナタにはチェンバロの右手も左手もはっきりと音符が書かれています。後の時代のピアノ伴奏譜のように書かれており、バッハ以降では当たり前の鍵盤楽器パートの書かれ方ですが、当時では画期的なことで「オブリガート・チェンバロ」と呼ぶこともあります。オーボエの旋律、チェンバロの右手の旋律、そして左手のバスの旋律の3つの旋律があり、三人の奏者で演奏するトリオのような形式で書かれたソナタです。<br />
(曲目解説 : 中田聖子)</p>

<p></small></p>]]>
        
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    <title>中田聖子チェンバロ・リサイタルVI「バッハとフランス」プログラムノートより</title>
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    <published>2009-07-08T17:04:11Z</published>
    <updated>2009-07-08T17:17:48Z</updated>

    <summary>2009年1月15日開催リサイタル プログラム・ノートより... 中田 聖子　　...</summary>
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        <name>seiko</name>
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        <![CDATA[<p><small><i>2009年1月15日開催リサイタル プログラム・ノートより... 中田 聖子　　</i></p>

<p>■ はじめに...<br />
　リサイタルでは、第１回よりJ.S.バッハを中心とするプログラムを組んで参りましたが、第６回目の今回は彼の「フランス風序曲」に着目したプログラムを組ませて頂きました。J.S.バッハの数あるチェンバロ曲・数ある大作の中でも非常にエレガントなこの作品と出会った時から「いつか演奏したい」と思い、この作品の魅力は一体何処にあるのだろうかとずっと考えてまいりました。言葉にすることの出来ないその魅力のヒントは、私がチェンバロ演奏を研究する上で出会った17世紀のフランス作品にあるように思い、今回のプログラムは「フランス風序曲」の為に「J.S.バッハとフランス(との関係)」に焦点を置かせて頂いています。<br />
　J.S.バッハはドイツから一歩も出たことのない作曲家のようですし、むろんフランスを訪れたことはありません。又、今日演奏する他の3人の作曲家との直接的な接点もありません。しかし、彼とフランス音楽を結ぶルートを幾つか考えることが出来ます。1つは、彼を育んだ北ドイツ楽派の先人達を介したルート。彼の北ドイツの先輩作曲家には、今日演奏するルイ・クープランと密接な関係にあり、影響を受けた人もいたようです。もう1つは楽譜を通してのルート。次男カール・フィリップ・エマニエル・バッハが書き残している言葉によれば、J.S.バッハは優れた先人や当時の作曲家たちの作品を観察し、自身の思考で噛み砕くことによって作曲技法を習得したようです。17世紀後半より音楽をはじめとする文化の先端を走っていたのはフランスで、言わば他のヨーロッパの宮廷から憧れられるような存在でした。つまり、フランス音楽が輸入されるような時代背景下であり、ドイツにはフランス人音楽家が多くいた宮廷楽団もありました。事実、J.S.バッハ自身、彼らと交流があったようですし、ドイツに居ながらにしてフランス音楽の出版譜を手にすることも出来たようです。音楽様式の上で机上論として影響の特徴的なものとしては「スティル・ブリゼ style brisé(=つま弾き様式)」等を言及することが出来ますし、J.S.バッハのチェンバロ組曲には、そういった作曲様式や、フランス作品に見られる語法を多かれ少なかれ見て取ることが出来ます。<br />
　「フランス風序曲」に向かうチェンバロ音楽の歴史の一つの流れ・変遷として、お聴き頂ければ嬉しく思います。このプログラムは『フランス風序曲の為のフルコース』として私なりに御提案したく思っております。少し重たいコースかもしれませんが、最後までお楽しみ頂ければ幸いです。</p>

<p>■ ヨハン・セバスチャン・バッハ : 組曲 ホ短調 BWV996　　　　　　<br />
　Johann Sebastian Bach (1685-1750) : Suite, e-moll, BWV996<br />
　プレリュード / アルマンド / クーラント / サラバンド / ブーレ / ジーグ　　　<br />
　Praeludio / Allemande / Courante / Sarabande / Bourrée / Gigue<br />
　プロローグとして演奏致します「組曲 ホ短調 BWV.996」は、手稿譜に「ラウテン・ヴェルク(リュート・チェンバロ)で」弾く作品であると書かれてあり、バッハ作品目録にはチェンバロ作品ではなくリュート作品として分類されている組曲です。ラウテン・ヴェルクは18世紀前半にドイツで好まれた楽器であったと言われていますが、残存しておらず、一体どのような楽器であったのか正確には分かりません。しかし、リュートのようにガット弦を張ったチェンバロであったと一説では推測されています。遺産目録からJ.S.バッハも2台所有していたことが知られていますが、その内の一台は彼の設計によるものであったようです。又、親族にこの楽器のビルダーがいたとも言われています。さて、この謎の楽器の物理的音質はチェンバロとリュートの間にあると推測することが出来ますが、リュートの撥弦楽器の特徴を生かした分散奏法などのスタイルによる作曲語法を、撥弦構造を持つチェンバロの為の作品にも17世紀のフランス作曲家たちは取り入れました。これを「スティル・ブリゼ」と呼びますが、J.S.バッハも取り入れ「フランス組曲」をはじめとする作品にそれが見られます。今日は敢えて有名どころからは選曲せず、リュートとチェンバロが密接な関係にあったことを想いながら、このラウテン・ヴェルクの為の組曲を演奏致します。<br />
　この組曲に登場するアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4つの舞曲は、J.S.バッハの組曲の基本的な構成舞曲となる組み合わせです。又、この組曲のように前奏(プレリュード)が置かれたり、サラバンドとジーグの間に様々な挿入舞曲が置かれて構成されたものが多くあります(この組曲の場合はブーレが挿入舞曲)。</p>

<p>■ ルイ・クープラン : 組曲 ト調<br />
　Louis Couperin(ca.1626-1661) : Suite in g<br />
　プレリュード / アルマンド / クーラント / サラバンド / シャコンヌあるいはパッサカイユ / サラバンド / パッサカイユ / シャコンヌ<br />
　Prélude / Allemande / Courante / Sarabande / Chaconne ou Passacaille / Sarabande / Passacaille / Chanconne<br />
　「クープラン」と言うと、J.S.バッハとほぼ同時代を生きたフランソワ・クープラン(1668-1733)のことを思われるかもしれません。フランソワの伯父にあたるのが今日演奏しますルイ・クープランです。彼はこの音楽家一族の中でも音楽史の上で非常に重要な位置にあり、17世紀の鍵盤音楽作曲家として非常に重要な人物です。彼のクラヴサン(チェンバロの仏語)作品でスティル・ブリゼが用いられたのは勿論のこと、非常に特徴的なプレリュードを残しています。小節線が無く、全て白符の全音符で記されたプレリュード・・・これを「ノン・ムジュレ non mesuré」と言うのですが、保持されるべき音符を示す長い感覚的な曲線は記されているものの、各々の音符の長さは全く示されていません。つまり、全音符の羅列から、何処が和音の分散書法で何処が旋律であるかを見極め、そのテクスチュアを即興的に演奏することが求められます。このノン・ムジュレのプレリュードは、J.-H.ダングルベールやL.N.クレランボーやN.ルベーグ、J.P.ラモーら他のフランスの作曲家たちにも影響を与えていきました。ルイ・クープランが残したクラヴサンの為のプレリュードは全てがノン・ムジュレで書かれていますが、数曲は中間部に「シャンジュマン Changement de mouvement」が挿入されています。シャンジュマンでは、拍子指定と音価を示す音符、つまり通常の楽譜の書き方で書かれていますが、いずれも対位書法によるもので、今日演奏しますプレリュードもシャンジュマンを挿入した形で書かれたものです。シャンジュマンの終わりに近づくと次第にノン・ムジュレの要素が顔を見せ始め、後部のノン・ムジュレへと移行していくように書かれているのが、今日演奏するプレリュードの特徴です。<br />
　ノン・ムジュレのプレリュードは、我々の「日常の時間」から「音楽の時間」へ明確な乖離を持たせずに聴かせる目的をもっていたのではないか、と私は考えています。プレリュードと各々の舞曲共に豊潤な和声が登場しますので、それもお聴き頂ければと思います。</p>

<p></p>

<p>■ ジャン=アンリ・ダングルベール : 組曲 第３番 ニ短調　<br />
　Jean-Henry D'Anglebert(1628-1691) : Troisieme Suite, ré mineur<br />
　プレリュード / アルマンド / クーラント(-ドゥーブル) / 第２クーラント / サラバンド グラーヴェ / サラバンド / ジーグ / ガイヤルド / ガヴォット / メヌエット / スペインのフォリアによる変奏曲<br />
　Prélude / Allemande / Courante (et Double de la Courante) / Deuxieme Courante / Sarabande Grave / Sarabande / Gigue / Gaillarde / Gavotte / Menuet / Variations sur les folie d'Espagne<br />
　ダングルベールは、ルイ14世の宮廷音楽家・王室音楽教師・国王室内楽団の常任クラヴサン奏者として活躍しましたが、1689年に4つの組曲をおさめた『クラヴサン曲集 Pièces de clavecin』を出版しました。当時の作曲家達は装飾音を各々思い思いの書き方(記号)で記しており、演奏するにあたってはその解読から始めなければならないのですが、彼はこの曲集に「装飾音符とその演奏法に関する表（＝装飾音の実践例表)」を付しました。このような譜表を付した出版譜は、このダングルベールの『クラヴサン曲集』が最初であると言われています。後にJ.S.バッハも『ヴィルヘルム・フリーデマンのためのクラヴィーア小曲集』に装飾音の譜表を載せていますが、このダングルベールの譜表を元に手を加えて書いたものだと言われています。<br />
　ダングルベールのプレリュードもノン・ムジュレによるものですが、一見ルイ・クープランのものよりも読みやすい楽譜になっています。時折小節線もあり、八分音符や十六分音符による黒符も登場します。又、装飾記号が付けられた音符も書かれています。しかし、音の保持を示す曲線が残り、今日演奏する第3番のプレリュードにおいては八分音符が最も多く記されていますが、全ての八分音符、及び全音符や十六分音符を各々同じ音価(音の長さ)で弾いてしまっては到底音楽にはならず、ルイ・クープランの楽譜同様に、旋律線や和音の分散部分などを見極めて演奏することが奏者には求められます。ところで、現在の記譜法において全音符の次に短い音符の単位は二分音符、その次に短いものは四分音符であるにも関わらず、プレリュードにはこの二種類の音符が全く登場せずに、全音符の次に短い音符として、突如、八分音符が用いられていることは不思議な点です。詳説は省略致しますが、この不思議な点より、ノン・ムジュレの書法にはまだバロック期よりも古い記譜法の習慣の名残があることを疑えると私は考えています。<br />
　さて、第３組曲は沢山の舞曲で構成されていますが、最後は「スペインのフォリアによる変奏曲」で閉めくくられます。テーマとして用いられている「スペインのフォリア」は、フォリアと言えばこれ! というくらい最も有名なフォリアの旋律ですが、この旋律はフランスにおいてサラバンドとして踊られたものでもありました。フランスの組曲はサラバンドで閉めくくられることが多かったようですが、この第３組曲はその一つだと言えるでしょう。又、組曲の第５曲として置かれている「サラバンド・グラーヴェ」がフォリアの旋律を暗示していることも面白い点であると思います。</p>

<p>■ ヨハン・セバスチャン・バッハ : フランス風序曲 ロ短調 BWV831<br />
　Johann Sebastian Bach(1685-1750) : Französische Ouverture, h-moll, BWV831  　　<br />
　　(Ouverure nach Französischer Art, Zweiter Teil der Klavierübung)<br />
　ウーヴェルチュール(序曲) / クーラント / ガヴォット I-II / パスピエ I-II / サラバンド ブーレ I-II / ジーグ / エコー<br />
　Ouverture / Courante / Gavotte I-II / Passepied I-II / Sarabande / Bourrée I-II / Gigue / Echo<br />
　J.S.バッハは、「フランス風序曲」を『クラヴィーア練習曲集 第２部 Zweiter Teil der Klavierübung』として「イタリア協奏曲」と共におさめて1735年に出版しました。この2作品は共に、二段鍵盤チェンバロの特性を生かして管弦楽の色を表現する作風です。「フランス風序曲」では、特に最初の「ウーヴェルチュール」と終曲の「エコー」にそれを見ることが出来ます。又、各舞曲にも幾つかの楽器のアンサンブルのような側面を見ることが出来ます。ところで「フランス風序曲」と和訳され通り名となっていますが、オリジナルの出版表題は「フランスの技法による序曲 Ouverture nach Französische Art」であり、そのタイトル通り、フランスの作曲スタイルや、ルイ・クープラン、ダングルベールらの17世紀のクラヴサン作品に見られる語法などが随所に現れています。又、J.S.バッハの残した舞曲は実際の舞踏曲ではなく恐らく鑑賞用としての作品が殆どでしたが、この作品におさめられた舞曲は、ルイ・クープランやダングルベールの作品のように実際に舞踏が行われた舞曲であるかどうかは分からないものの、より舞踏曲としてのオリジナルのスタイルに近い形で書かれています。<br />
　ところで、J.S.バッハのチェンバロ組曲の多くは、「組曲ホ短調 BWV996」のところでお話しましたように、アルマンド - クーラント - サラバンド - ジーグが基本の舞曲の組み合わせですが、この組曲にはアルマンドが欠けています。同歳のドイツ出身の作曲家ヘンデルの組曲にもアルマンドが無く、プレリュードの後がすぐクーラントで書かれているものが幾つかありますが、ドイツ人の誇り"アルマンド"ではなく舞曲群がクーラントから始まり、又「管弦楽組曲」にも見られますが自由に舞曲を配置しているのもJ.S.バッハの作品の中では非常に興味深い点であると言えます。</p>

<p>■ ジャン・バティスト＝アントワーヌ・フォルクレ : 組曲 第５番 ハ短調　<br />
　Jean-Baptiste-Antoine Forqueray(1699-1782) : Suite V, Ut mineur<br />
　ラモー / ギニョン / レオン (サラバンド) / ボワゾン / モンティニ / シルヴァ / ユピテル(ジュピター)<br />
　La rameau / La Guignon / La Léon, Sarabande / La Boisson / La Montigni / La Sylva / Jupiter<br />
　本日のエピローグとして演奏する組曲を産んだフォルクレも、バッハ一族・クープラン一族と同様に、当時活躍した音楽家一族の者でした。組曲がおさめられた『クラヴサン曲集 Piecé de clavecin』は、ジャン・バティスト＝アントワーヌ・フォルクレのものですが、これは彼の父アントワーヌ(1672-1745)の『通奏低音付きヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)曲集』をクラヴサン用に編曲したものです。フォルクレ"父"(名が紛らわしい為、実際に彼ら自身も"Le Pière 父"、"Le Fils 息子"と書いていた)は、ルイ14世の王室付き楽団のヴィオール奏者として活躍しました。フォルクレ"父"は同時期の優れたヴィオール奏者M.マレとヴィルトゥオーゾぶりが常に比べられ、アンリ・ル・ブランは「マレは天使の如く、フォルクレ"父"は悪魔の如く奏でる」という有名な言葉を残しています。又、フォルクレ"息子"も優れたヴィオール奏者でした。ヴィオールはルイ1４世が愛好した楽器であったと伝えられており、ルイ14世の時代はヴィオール全盛期でありましたが、息子がルイ15世の王室付き音楽家として活躍していた頃には既に衰退の色を見せ始めていました。一方、クラブサンはまだまだ全盛期。ルイ・クープランやダングルベールの組曲と比べると、使用音域が低い組曲であることをお聞き頂きますと分かって頂けると思いますが、フォルクレ"息子"の時代(ドイツではJ.S.バッハが活躍した時代)のフランスで使用されたチェンバロは中音域の豊かな音色が特徴でした。その為、原曲のヴィオールの音域が低音域であることだけでなく、編曲にあたって敢えて移調せずに低音域のままで書かれたようです。ところで、ヴェルサイユのクラヴサン作品には音楽によって人物を描写するものが多数残っています。第５組曲を構成する殆どがそれにあたります。「ラモー」はフォルクレ"父"の音楽仲間であり、フランスの作曲家・音楽理論家のジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)を描写した作品。「ギニョン」はフォルクレ"息子"の仲間のヴァイオリニスト作曲家であったジャン・ピエール・ギニョン(1702-1774)を描写。「レオン」は、貴族のレオンの妻マリー・エリザベスが1743年に亡くなり、恐らくそのオマージュとして書かれたもの。「ボワゾン」はフォルクレ"息子"が1732年7月29日にジャンヌ・ノルソンと結婚した時の公証人であるマルク・アントワーヌ・ボワゾンを描写。「モンティニ」は王立科学アカデミーメンバーであった科学者エティエンヌ・ミニョト・ドゥ・モンティニを描写。「シルヴァ」は森の精など諸説ありますが、恐らく王妃の主治医であったジャン・バティスト・シルヴァを描写したものだと思われます。「ユピテル(ジュピター)」はローマ神話の天空の神、ギリシャ神話でいうところの神々の王ゼウスです。1690年の辞書にも「詩と天候を司る神々の王」とあり、曲中にはユピテルが司る雷鳴の轟きが描写されています。</p>

<p>■ 各舞曲について(当時の各舞曲について)<br />
・アルマンド：ドイツの4拍子の舞曲で、男女が腕を様々な形を組んで踊られたもの。<br />
・クーラント : フランス起源の3拍子系の舞曲で、17世紀までは貴族に愛された舞曲であった。<br />
・サラバンド : スペイン起源と言われる3拍子を基本とする舞曲で、ルイ14世の時代には情熱的なエネルギーを秘めつつも荘重な舞曲として踊られた。<br />
・ジーグ : イギリス起源の跳躍を多く含む舞曲。バロック時代には最も人気があった舞曲。<br />
・ブーレ (J.S.バッハ「組曲ホ短調 BWV996」「フランス風序曲」に登場): 当時の記述やJ.J.ルソーの「音楽辞典」(1768)によると、フランス・オーヴェルニュ地方のフォークダンスに由来する2拍子系の舞曲で、気楽に軽快に踊られたもの。求愛の舞踊であったとも言われている。<br />
・シャコンヌ(ルイ・クープランの組曲に登場) : 元々はスペインで流行した激しい性格のものだったが、フランスでは気高く、定型バスをもつ舞曲として発展。<br />
・パッサカイユ(ルイ・クープランの組曲に登場):元々は舞踏曲ではなくシャコンヌ同様に定型バスを持つ器楽曲としてイタリアやスペインンで発展したものだが、17世紀にフランスに入って舞踏曲として用いられるようになった。サラバンド、シャコンヌと同じ特徴的なリズムを持っている舞曲。<br />
・ガイヤルド(ダングルベールの組曲に登場):16-17世紀にヨーロッパ各地で好んで踊られた快活な3拍子の舞曲。<br />
・ガヴォット(ダングルベールの組曲と「フランス風序曲」に登場): 4拍子系の舞曲で、時代を経ると共に他の舞曲が変遷しテンポや性格さえ変わってしまったものがあったにも関わらず、常に跳躍を含んで踊られた舞曲。<br />
・メヌエット(ダングルベールの組曲に登場): 宮廷舞踊の花形として長きに渡って踊られたバロック宮廷舞踏を代表する舞曲。男女ペアで踊る舞曲で、少なくとも18世紀末まで踊られ続け、後にはワルツへと発展していった。<br />
・パスピエ(「フランス風序曲」に登場): 17世紀の宮廷舞踏としてのパスピエは3拍子系の舞曲で、舞踏自体はメヌエットのヴァリエーション・ステップによるものだった。<br />
(プログラム・ノート 曲目解説 : 中田 聖子)</small></p>]]>
        
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    <title>Q.上と下の鍵盤、一緒に動いているみたいに見えますが...</title>
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    <published>2008-07-06T18:18:04Z</published>
    <updated>2008-07-06T18:20:43Z</updated>

    <summary>「上と下の鍵盤、一緒に動いているみたいに見えますが...」 アンケートや頂くメー...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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    <category term="cembalo" label="Cembalo" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p><small>「上と下の鍵盤、一緒に動いているみたいに見えますが...」</p>

<p>アンケートや頂くメールで最も多い質問です。 </p>

<p>チェンバロの鍵盤は、上鍵盤と下鍵盤、一緒に動くように見えるんじゃなくて、一緒にも動きます (笑) </p>

<p>チェンバロのしくみは、私がお答えするよりも、チェンバロ製作家さんのサイトを御覧になられた方が、 分かりやすいと思うので、詳説は割愛致しますが、 ヒストリカル・チェンバロの二段鍵盤式の楽器には、 通常、上鍵盤と下鍵盤に、同じ高さの音がする弦 (8'弦と呼ぶ)がそれぞれ張られています。 </p>

<p>... 又、たいていの二段鍵盤チェンバロの下鍵盤には、 オクターブ高い音の弦(4'弦と呼ぶ)も張られているのですが、この話は、今回は蛇足なり。 </p>

<p>下鍵盤と上鍵盤、同じ高さの音が出るのですが、<br />
(☆ 二段も鍵盤があって、音域が広いんですねーと言われますが、 エレクトーンのような仕組みではないことも、蛇に足を生やしておこう(笑) )<br />
それぞれ微妙に音色が違うように、調整されています (通常は。) </p>

<p>8'弦1本でも、演奏しますが、より分厚い音で演奏したい時に、 上鍵盤と下鍵盤を一緒に動かすレジスターを用い、8'弦2本を鳴らして演奏します。 <br />
これが「上鍵盤と下鍵盤が一緒に動いている」状態での演奏です。 </p>

<p>ちなみに、下鍵盤をぐっと押し込むことで、上下連動させる仕組みになっている楽器が、 最近では多く作られているように思います。どのような操作で連動するのかは、本当は楽器によって異なります。 </p>

<p>プレイヤーの近くの席に座られた方は、そんなところも、演奏会で見てみてください(^^) </p>

<p><br />
またまた蛇足ながら、4'弦を加えた音色で演奏することもあります。 </p>

<p>通常 <br />
　・ 下鍵盤の8'弦＋4'弦 <br />
　・ 上下鍵盤の8'弦2本＋4'弦 </p>

<p>という音色の使い分けがあります。 </p>

<p>これに加えて、チェンバロには、 <br />
　・ 上鍵盤の8'弦1本 <br />
　・ 下鍵盤の　〃 <br />
　・　上下鍵盤の8'弦2本 <br />
・ バフストップ(ミュートをかけたような音がする)を用いた8'弦 <br />
　　　　 (☆楽器によってバフがかかるのは上だったり、下だったり。両方にかかる楽器もあります) <br />
めったに使わないが、 <br />
　・ 4'弦1本。 </p>

<p>以上、7種類の音色を使い分けることが出来ます。 </p>

<p>これに、奏者の指先で弾き分ける音色が、各々に、無限に加わります(^^)<br />
</small></p>]]>
        
    </content>
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    <title>こんなお話よくするんです</title>
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    <published>2008-07-06T18:16:41Z</published>
    <updated>2008-07-06T18:17:42Z</updated>

    <summary> 「へぇーチェンバロの奏者なんですかー」  「チェンバロって大きい楽器ですよね」...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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    <content type="html" xml:lang="nl" xml:base="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/">
        <![CDATA[<p><small><br />
「へぇーチェンバロの奏者なんですかー」 </p>

<p>「チェンバロって大きい楽器ですよね」 <br />
「持ち運ぶの大変でしょう?」</p>

<p>いずれも私は「はい」と答える。</p>

<p>チェンバロを御存知なのだと内心嬉しく思いながら、返事をする。 </p>

<p>「チェンバロってね、オーケストラのしか聞いたことなくて、独奏って聞いたことないんですよね」 </p>

<p>あーそうですか (^^) と答えながら、<br />
おぉ、バロック音楽を生演奏で聴かれたことがあるんだなぁ～<br />
とこれまた嬉しく思う。 </p>

<p>「こう、沢山のチェンバロの人がオケで弾いてますでしょ。<br />
　チェンバロって一人だと小さい音なんですか?」 </p>

<p>は? へ? (?_?) </p>

<p>ここで、私は、相手が、チェンバロとチェロとを間違えてらっしゃることに、はじめて気付く。 </p>

<p>音楽好きなんですよ(^^) とおっしゃって、お話が弾むことも多いが、 <br />
まだまだチェンバロという楽器を御存知の方は少ないと痛感する。 </p>

<p>「チェンバロはね、弦は張ってありますけれども、鍵盤楽器なのですよ(^^)」 </p>

<p>チェンバロ cembalo (独)は、フランス語ではクラヴサン Clavecin、 <br />
英語ではハープシコード Harpsichordと呼ぶ、 <br />
ピアノが産まれる前に盛んに用いられた鍵盤楽器である。 <br />
形状はピアノの前身なのだが、内部構造が違う。 <br />
ピアノは、弦をハンマーで打って音を出すのだが、チェンバロは弦を爪がはじいて音を出す。 <br />
鍵盤の先...これは楽器の中に入っているものだから、外からは見えないけれども、 <br />
先に繋がるものが、爪なんですよ。 </p>

<p>私は説明が上手ではないので、大抵「?」な顔をされる。 <br />
一度見て頂けたら、疑問は一気に吹っ飛ぶと思うのですが f(^^;; </p>

<p>「どんな音なのですか?」 </p>

<p>音の種類は、弦をはじいて音を出すので、ハープやギターやお琴...と似通っていますが、 <br />
これまた聴いて頂くのが一番良いかと... 良かったら一度、演奏会にお越しくださいな(^^) </p>

<p><br />
勿論、宣伝目的など持たずにチェンバロのお話をするのだが、 <br />
最後に宣伝するしかないや...となることが多い...。 <br />
人の良い方や、本当に「チェンバロってどんな楽器なの?」と思われた方は、 <br />
社交辞令でなく、実際に演奏会に足を運んで下さる方も多い。 <br />
「チェンバロ お初」が私の演奏となる方がおられる...奏者として責任重大。 <br />
チェンバロ自体のイメージを良しとするか悪しとするかは、私の演奏次第... <br />
チェンバロという楽器を一人でも多くの方に知って頂きたい...と思ったと同時に、 <br />
重大な責任を負ったのだと、私は思っている。<br />
(2000)<br />
</small></p>]]>
        
    </content>
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    <title>移調の謎</title>
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    <published>2008-07-06T18:15:13Z</published>
    <updated>2008-07-06T18:16:03Z</updated>

    <summary> J.S.バッハの作品に「BWV1030」の作品目録番号が割り当てられている作品...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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        <![CDATA[<p><small><br />
J.S.バッハの作品に「BWV1030」の作品目録番号が割り当てられている作品がある。<br />
一般に言う「h-moll(ロ短調)のフルート・ソナタ」のことだ。<br />
この作品は皆様よく御存知だと思うけれども、オーボエ用の異稿譜というのがある。 こちらはg-moll(ト短調)。<br />
蛇足だが、それは学生時代の試験の場ではあったが、私がチェンバロで最初にアンサンブルとして、 「聴いてもらう為に」演奏した作品だった。旋律楽器はバロック・オーボエ。 その後、モダン・オーボエとも弾くことがあったし、何かと縁深い曲でもある。<br />
フルートとは、当然 h-moll、ヴォイス・フルートともh-moll、オーボエとはg-mollで弾く。<br />
そして、リコーダーと共に演奏する時は、c-mollになる。</p>

<p>何故、調が各々異なるのか? </p>

<p>...という質問が時々あるのだけれども、それは、こういったアンサンブル曲の場合、 旋律楽器の特性(主に音域の問題)に合わせて、移調を行う(適切な調性を選択する)。<br />
音域の問題と言っても、単に「この音が出るかどうか」という問題だけでなく、 演奏可能な音域であっても、特に管楽器は音域によって音色特色が異なるため、 その有効な音色音域を用いるために、適切な調を選択されることもある。<br />
こういう言葉にすると難しいけれども、簡単に言えば<br />
「より映える調性で演奏する」<br />
というところに理由があると思う。<br />
鍵盤楽器というのは、大多数が他の種類の楽器に比べて、 あまり演奏可能音域内での音域特性というのは無い。 面白い例があって、J.S.バッハはイタリアの協奏曲作品を鍵盤独奏に編曲したものが残っているのだけれども、 鍵盤なら音域に特に問題がある場合を除いて(チェンバロは意外と最高音は低い)、 移調する理由はあまり見当たらなさそうなのだけれども、何故か他の調を選択されている場合がある。<br />
その理由の一つには、調性感の問題があるかもしれない。<br />
厳密に言えば、楽器ごとに、その得意不得意とする調があって、 他の楽器に比べて、鍵盤楽器にその得意不得意の障壁は少ないにしても、 各々の調で表現される世界というのが各々にあると思う。<br />
しかし、楽器全般的に、調性の特色は、ほぼ一貫したものであって、 そう考えると何故移調するのか? という疑問点が残ってくる。 </p>

<p>ちなみに、ロマン派の時期になって、リスト等にもその作品は残るが、 管弦楽の為の作品(オペラ作品を含む)をピアノで演奏するパラフレーズ作品に、 移調されて書かれている例もある。ピアノは、オーケストラの全音域をカヴァー出来ると言われる程に、 音域が広いので、演奏可能音域等の問題は横たわっていない筈である。</p>

<p>ところで... 2006年の現時点において、私が最も複数の調で演奏する機会のある作品というのが、 このBWV1030のソナタなのだけれども、やはり鍵盤楽器にも物理的な調の得意不得意があるのではないかと、 やんわりと感ずるようになってきた。<br />
正直なところ、鍵盤楽器においては、何調でも演奏可能だとは思う。 しかしながら、h-moll、g-moll、c-mollのうち、一番理にかなっているものは、 原調と思われるh-mollなのだ。理にかなっているつまり、指に無駄な動きがないのである。 これは物理的な結果論だけれども。<br />
J.S.バッハは、皆様御存知の通り、鍵盤演奏にも長けていた音楽家である。<br />
BWV1030のソナタが、フルートの為の調を選択していたとしても、 その調の中でオブリガート・チェンバロを書いて行くにあたって、 最も無駄のない音形が選択されているように思う。<br />
無駄の生じる調で弾いても、鍵盤奏者にとって、９９.9%何の問題も起こらないので、 あまり意識しないのかもしれない。</p>

<p>他の楽器の為の作品の鍵盤楽器作品用への移調は、 作曲家の楽器物理的見地からの特性を考慮して選択されているのかもしれない。</p>

<p>しかし...堂々めぐりなのだけれども、十二平均律を用い始める前の時代... 調性ごとの特色性への意識はとても強かったと考えられているのだが、 その見地から考えると疑問が多いに残る。<br />
が、「平均律クラヴィーア作品」に書かれた落書き(?)から導き出されたリーマン調律では、<br />
十二平均律の5度音程も出てくるような提示がされているけれども、我々が考察している程、 調特性への意識が高くはなかったのか...<br />
あるいは...もっと柔軟で、ケース・バイ・ケースだったのかもしれない。</p>

<p>奏者としては、ケース・バイ・ケースで落ち着きたいのだが(笑)、<br />
「そんないい加減な論」と言われそうだが、これは学術考察ではありませんので(笑)</p>

<p>☆ 議論を投げかける記事ではございませんので、あしからず。<br />
(2007)<br />
</small></p>]]>
        
    </content>
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    <title>Program Note (2007.8.4 BIP公演)</title>
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    <published>2008-07-06T18:12:24Z</published>
    <updated>2008-07-06T18:21:33Z</updated>

    <summary>2007. 8/4公演のBarocco Impression Plus! のPr...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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        <![CDATA[<p><small>2007. 8/4公演のBarocco Impression Plus! のProgram Noteをupします。</p>

<p>☆ お若い方へ...<br />
奏者による観点に基づいて書かれたプログラムノートです。 レポートや御自身のプログラムに転載しても、点数や評価は絶対にとれません。</p>

<p><br />
■ ジョージ・フリデリック・ヘンデル : オーボエと通奏低音の為のソナタ 変ロ長調 HWV.357<br />
George Friderich Händel(1685 Halle - 1759 London): Sonata pour l'Hautbois solo (in si bemolle maggiore) HWV.357 <br />
I.　　II.Grave III.Allegro <br />
生前から現代に至るまで常にバロック時代の大作曲家として評価されているヘンデル。 彼はドイツ出身でイタリアに渡った後にイギリスに帰化した、国際的な作曲家でした。 彼の旋律楽器の為のソナタは、1730年頃にロンドンのウォルシュ(John Walsh)から 出版された12のソナタの他に、ケンブリッジのフィッツウィリアム・ミュージアムにある 3つのソナタと大英図書館に1つのソナタの手稿譜が残存しています。ヘンデルは、 これらのソナタについて「当時の私は悪魔にとりつかれたように作曲していたが、 それらは主としてオーボエのためのもので、オーボエは私が気に入っていた楽器であった」と述べた と伝えられています。今日演奏する変ロ長調のソナタは、 先述のフィッツウィリアム・ミュージアムに手稿譜が残されている作品です。 </p>

<p>■ ウィリアム・バベル : オーボエと通奏低音の為のソナタ ト短調<br />
William Babell (ca.1690 London? - 1722 London) : Sonata III for a Oboe witha Through Bass in G minor(ca.1725)<br />
I. II.Air III.Hornpipe IV.Giga <br />
バベルはあまり知られていない作曲家だと思いますが、 イギリスのチェンバロ奏者、教会オルガニスト、ヴァイオリニストであり作曲家・ 編曲者として名を馳せたと伝えられています。彼の父も音楽家で、80歳迄ドルリー・レーン劇場の ファゴット奏者を努めていたそうです。その父親から教育を受けたウィリアム・バベルですが、 一説によるとヘンデルからも教育を受けたと伝えられていますが、 それを裏付ける資料は残っていません。先述の通り、長寿の父に対し、 ウィリアムは33歳で亡くなっています。彼の名声はフランス、ネーデルランド、ドイツにまで 及んでいたようで、幾つかの作品は、これらの地域にて出版されました。本日演奏するソナタは ロンドンのウォルシュより出版された「12のソナタ 第２部」(1725年頃)の第３番として おさめられた作品です。 </p>

<p>■ アレッサンドロ・ベゾッツィ : オーボエと通奏低音の為のソナタ ハ長調<br />
Alessandro Besozzi (1702 Parma - 1793/1775 Torino) : Sonata per oboe e basso continuo in do maggiore<br />
I.Andante II.Allegro III.Larghetto IV.Allegretto <br />
17世紀中頃から19世紀中頃まで活躍した音楽家一族、ベゾッツィ家。 その一族の多くがイタリアのパルマやトリノの宮廷でオーボエ奏者として仕えた家系ですが、 アレッサンドロも例外ではないベゾッツィ家の一人でした。父親から教えを受け、 13歳でアイルランド守備隊のオーボエ奏者を務め、その後、1728年から31年までパルマ公の 礼拝堂に仕えました。後にトリノのカルロ・エマヌエーレ３世の宮廷においてオーボエ奏者・ 王室楽器奏者総監督として活躍。又、パリのコンセール・スピリチュエル(18世紀フランスの音楽集団) でも演奏した記録が残っています。<br />
このオーボエ奏者アレッサンドロ・ベゾッツィが残した作品よりハ長調のソナタを演奏致します。 </p>

<p>■ フランチェスコ・マリア・ヴェラチーニ : ソナタ 第７番 イ短調<br />
Francesco Maria Veracini (1690 Firenze - 1768 Firenze) : sonata Sesta in la minore(1716)<br />
I.Largo II.Allegro III.Allegro IV.Allegro <br />
イタリアの作曲家・ヴァイオリニストで、音楽家及び画家の芸術家系に生まれた フランチェスコ・ヴェラチーニ。叔父のアントニオも優れた音楽家でしたが、 一族の中でも数少ない、芸術とは無縁の薬剤師であった父の元に生まれました。 ヴェラチーニはフィレンツェで生まれましたが、活動の中心はヴェネチアで、 正規メンバーでもないに関わらず、ヴェネチアと言えば皆さん御存知の教会、 聖マルコ大聖堂でのクリスマス・ミサでソリストとしてヴァイオリンを演奏したと伝えられています。 又、ロンドンのオペラ劇場や、ドレスデンの宮廷でも活躍し、 晩年再びフィレンツェに戻り教会音楽家として活動した作曲家でした。 彼は非常に革新的な作曲家であったと見られており、慣習に縛られない独創的な作品を残しています。 1716年出版の「ヴァイオリンあるいはリコーダーと通奏低音の為の12のソナタ」より本日は第７番を オーボエとチェンバロの通奏低音で演奏致します。 </p>

<p>■ヨハン・セバスチャン・バッハ : パルティータ第6番 ホ短調 BWV.830<br />
Johann Sebastian Bach (1685 Eisenach - 1750 Leipzig): Partita VI, e-moll BWV.830<br />
I.Toccata II.Allemande III.Courante IV.Sarabande V.Air VI. Tempo di gavotta VII. Gigue<br />
前半でベゾッツィ、ヴェラチーニらの音楽家一族に生まれた作曲家のソナタを演奏致しましたが、 J.S.バッハも皆様御存知の通り、ドイツ アイゼナハの音楽家一族の一人。 1731年に「クラヴィーア練習曲集 第1部 Erster Teil der Klavierübung」として出版された6つの組曲が、 今日「6つのパルティータ」と呼ばれる曲で、彼の初の出版作品となったものです。 バッハは、チェンバロ曲としては「フランス組曲」「イギリス組曲」など多くの組曲を、 又、ヴァイオリンやチェロリュート、管弦楽の為の組曲も含めると非常に多数の「組曲」を残しています。 「組曲」は、バロック時代においては、幾つかの「舞曲」を並べて組まれた作品のことですが、 「6つのパルティータ」は舞曲形式にとらわれない自由さをもっています。 当時次第に「舞曲」が実際に踊られるものから鑑賞曲へと移行していった時代背景を反映した作品だと 言えるでしょう。第６番は、トッカータで始まり、6つの舞曲、即ちアルマンド、 クーラント、サラバンド、エール、ガボット、ジーグで構成されています。 </p>

<p>■ ヨハン・セバスチャン・バッハ : オーボエとオブリガート・チェンバロの為のソナタ ト短調 BWV.1020<br />
Johann Sebastian Bach (1685 Eisenach - 1750 Leipzig): Sonata für Oboe und Obligates Cembalo, g-moll BWV.1020<br />
I.Allegro II.Adagio III.Allegro <br />
前半にお聴き頂いた「ソナタ」は旋律楽器オーボエと通奏低音(:チェンバロ・パートに書かれている 音符は左手で弾く低音旋律のみで、右手の弾く音符は全く書かれておらず、ルールに基づく和音を 基本に、即興演奏していくものが通奏低音。バロック時代及び、それ以前の音楽の特徴で 「バロック時代＝通奏低音時代」と言われることもある)による作品でしたが、この作品は 「旋律楽器とオブリガート・チェンバロ」の形で書かれています。この違いは、チェンバロ・ パートの右手に音符が書かれている点。バッハ以降の作曲家による、旋律楽器と鍵盤楽器の為の ソナタに、大譜表で右手と左手の音符がしっかりと指示されていることは、ごくごく当たり前の ことですが、バッハの頃は、この形で書かれた作品は、まだ珍しいものでした。<br />
BWV.1020のソナタは、フルートとチェンバロの為に書かれたものですが、 今日オーボエ奏者のレパートリーとしても、よく演奏されている作品です。</p>

<p><br />
</small></p>]]>
        
    </content>
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    <title>言語と音楽の関連 : その1</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/2008/07/-1.html" />
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    <published>2008-07-06T17:41:11Z</published>
    <updated>2008-07-06T18:01:59Z</updated>

    <summary> 演奏において、楽譜と向き合う際、常に考えていることがある。音符と言語との関連性...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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    <content type="html" xml:lang="nl" xml:base="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/">
        <![CDATA[<p><small><br />
演奏において、楽譜と向き合う際、常に考えていることがある。音符と言語との関連性である。音符は、言葉と同じ「相手に物事を伝えるための一つの道具」であると思っているのだが、音符を言葉に置き換えることが出来るか否か以前に、音符同士の構成や並びは言語と非常に密接であると思う。音楽修辞学という学問分野が存在するが、もっと単純・低次元なところで、リズムや「語り口」を見てみれば音符と言語が密接な関係にあるのは一目瞭然だ。</p>

<p>解りやすいところで言うと、日本語が常に「子音+母音」の連続による「子音+母音+子音+母音+・・・・・・+子音+母音」であるのに対して、ヨーロッパの言語は必ずしも「子音+母音」の連続ではない。そのことに、ちょっと気をつけてみるだけでも、楽譜の読み方は変わる。又、楽譜を読んで行くと、前置詞に相当するような音符も随所に見られる。そんな部分を発見するだけで楽譜の読み方が変わり、必然的に奏でる音楽も変わる。</p>

<p>さて、こんな風に書き出すと、言語学を絡めたお話ですか?と言われそうだが、もっと簡単に「雰囲気」のお話...</p>

<p>ドイツの音楽とフランスの音楽、音楽の趣きが両者で異なるのは<s>一目</s> 一聴瞭然だが、楽譜を見てみてもその趣向が異なるのが一目瞭然。<br />
19世紀や20世紀音楽の楽譜も何だか音符の並びが違うねぇ...という印象を受けるが、それくらいに、バロック期の楽譜もドイツとフランスの両者では随分図柄が異なる。よくカフェやアンティークショップのディスプレイなど、インテリア感覚で楽譜が使われていることがあるけれども、その感覚で両者を見比べれば、本当に別のものに見えると思う。<br />
何が図柄を変えているのか...特に18世紀作品において、フランス作品には実音符以外の小さな音符が沢山あるのに対し、同方向性の作品におけるドイツ音楽の楽譜では実音符で真っ黒に埋め尽くされてしまっている。フランス作品にある実音符以外の「小さな音符」は装飾音を意味するものだが、ドイツの人は真面目だから、装飾も全部書き出したため、こんなにも真っ黒になったらしい...という意見がある。この説、では、フランス人は真面目ではないのか!? という失礼な説だと私は思うのだが、失礼にあたるかどうかは、さておき、実際のところ例えばJ.S.バッハの「イタリア協奏曲」の第２楽章など、音符の中から「装飾であるもの」を見つけ出さねばならない。</p>

<p>この「装飾をどう書くか」は、むろん「お国柄」の現れではあるが、言語にも結びついているのではないだろうか。私のような言語学に疎く、又、語学脳も持ち合わせてはいない人間にとって、母国語以外の言語は、耳にしても「言語」である以前に「音」としてしか聞こえないのだが、フランス語は発音の移動が小さく聞こえるのに対して、ドイツ語は短い音節の言葉も非常にはっきりと聞こえる(あくまでも私の意見。学問的にはどうかは分かりませんが...)。装飾もフランス作品では、小さな音符によってニュアンスを出そうとしているのに対し、ドイツ作品では装飾も明確に、彼らの中では自然発生的に実音の中で書こうとしたのではないだろうか?</p>

<p>あくまでも推測でしかないが、当時、音楽の先端はフランスにあったらしい。だからフランスの語法がドイツに入って生じたものは一体いかなるものなのかを考える必要があるのだが、そこを論ずる前に、もっと根本的なところも見るべきではないだろうか。<br />
言語と音楽の関連は、テキストや修辞学の問題ではなく、「音」そのものにとって重要な事柄のように思う。あくまでも音楽芸術は文化の一つであり、文化は社会というベースが存在してこそ成立するものなのだから...。<br />
(2007/08/16 Seiko NAKATA)</p>

<p><br />
</small></p>]]>
        
    </content>
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    <title>G.Frescobaldiの流れは、L.van Beethovenへ</title>
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    <published>2008-05-07T16:26:27Z</published>
    <updated>2008-05-07T16:35:36Z</updated>

    <summary> 　ある日、町中のとあるビルの中を歩いていると...とても懐かしい曲が流れて来た...</summary>
    <author>
        <name>seiko</name>
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    <category term="toccata" label="Toccata" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="nl" xml:base="http://www.klavi.com/jp/klavi_musicology/">
        <![CDATA[<small>
　ある日、町中のとあるビルの中を歩いていると...とても懐かしい曲が流れて来た。
L.van ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven ca.1770-1827)の「ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 op.73」(1809)...『皇帝』である。子供の頃とても大好きな曲で、練習に励んでいた記憶がある。この曲をオーケストラと弾くことはなかったが、冒頭部分がとても好きだった。Beethoven氏には申し訳ないが、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の音楽に傾倒し、チェンバリストとなって、随分長い間「皇帝」のことを頭の片隅に追いやっていたが...先日、久々に耳にして刺激のようなものが走った。<br>
　「あれ? この手法はG.フレスコバルディ(Giralamo Frescobaldi 1583-1643)ではないか」<br>
勿論、これはぶっ飛んだ考え方である。<br>
　「皇帝」の冒頭は、オーケストラとソリスト(Tutti)が、この曲の調性Es-dur(変ホ長調)の主和音を鳴らして始まる。そして、ソリストのピアニストが、この主和音を分散させるアルペジオを演奏、2度の連続が続き、主和音の構成音を軸にしたパッセージで下降、再び音階で上行し、2度ずつ音階下降して、ドッペルドミナントの和音を再びトゥッティが演奏。<br>
　その後、またソリストが速いパッセージを見せていく作り。言葉にすると何のことやら? だが、皆様もよく御存知の作品だと思う。この冒頭、ずっとカデンツァ(Cadenza)だと思っていた。そもそもCadenzaで始まるなんて、謎な曲だなぁと思っていた。Cadenza(独)もCadenz(伊)同様に、元々終止形に起因するものだから、曲の冒頭に置くなんておかしい。しかし、スタイルとは、どんどん変貌していくものであり...発展と言う方が正しいかもしれない...Beethovenの時代になれば、何でもありなのかもしれないと解釈していた。原典を見ていないのだけれども、私の手元にある楽譜(古いものだが、Breitkopf &Härtel版)を確認してみると、ソリストが奏でている間のオケ譜のところには「 (cadenza)」と丁寧に書いてある。私の「Candenzaだと思うけど、こんな頭にCadenzaを置くなんて変!」という疑問自体が誤りだったのか。<br>
　
　さて、現在のチェンバリストとしての私の耳には、決して、ここがCadenzaには聞こえなかったのだ。「この主法はG.Frescobaldiではないか」と思ったように、真っ先にFrescobaldiのToccata冒頭との共通項が、頭に浮かんだのだ。Frescobaldiは代表者としての代名詞として浮かんだのだが、17世紀イタリアのG.Frescobaldi氏によって1つのスタイルとして大成されたと言われる「トッカータ様式」は、楽譜づらは、その作品の調の主和音によって始まる。文字にパターン化して表すのは、やや難しいが、主和音を奏でた後は、和音が幾つか置かれていたり、あるいは音階による走句や、書き出されたトリルと見なすことの出来る2度音程の連続が書かれていたりする。実際には、オルガンでは、最初に主和音を聴かせ、チェンバロでは書かれた白玉の主和音は、分散アルペジオを聴かせる。その次は、楽譜に書かれている走句としての音符を趣味良く即興的によって奏でていく。このスタイルは、Frescobaldiに学んだ(あるいは影響を受けた)とされるJ.J.フローベルガー (Johann Jakob Froberger 1616-1667)やヴェックマン(Matthian Weckmann ca.1616-1674)によってドイツに入る。これは「バロック期のトッカータ様式」だと言って良いように、奏者として私は感じている。<br>
　「皇帝」と17世紀のトッカータ作品を御存知の方ならば、ここまで言うと、すぐにお分かりになられるかと思うが、「皇帝」の冒頭は、トッカータ様式の冒頭に酷似する(/通ずるものがある)。<br>
　最初に主和音を鳴らす... これはバロックのトッカータ様式と同じ。ちなみに、１７世紀のトッカータ様式において、最初に主和音を鳴らすのは、「今から、この調の音楽が始まりますよ」という提示の意味合いがあるらしい。作品毎の解釈にもよるが、この意味を知ってからは、最初にケバケバしく和音をチェンバロでかき鳴らすのは、あまり相応しくないのかもしれないと思うようになった(豪華に弾きたくなる作品もあるのだが...)。「皇帝」でも、時代回帰? 最初に変ホ長調が始まりますよ!!とベートーヴェンは言いたくなったのだろうか(笑) (☆調性音楽においては、たいてい主和音の構成音から曲は始まりますが...)<br>
 「皇帝」・・・主和音提示の後、主和音分散アルペジオを演奏・・・トッカータ様式においても、長い音符で和音だけ書かれていても実際の演奏現場では、分散アルペジオを駆使する。(皇帝) 次に2度の連続・・・書き出されたトリルが、バロックのドイツ作品には、よく見られるのだが、チェンバリストとして「皇帝」の楽譜を見ると、この部分はトリルに見えた。(故に、書き出されたトリルと見なす・笑) (皇帝)主和音の構成音を主和音の構成音を軸にしたパッセージで下降・・・ バロック・トッカータ様式においても使われる。<br>
　(皇帝)再び音階で上行し、2度ずつ音階下降・・・ 上に同じ。<br>
むろん、一つのInventio(動機)の根底が主和音であった場合に、作曲法における動機展開の基本中の基本の手法ではあるが、「皇帝」においても、「Iの和音(主和音)をいつまで引っ張るねん!」と大阪人はツッコミしたくなるくらい、楽譜見開き半ページ分、ずっと音楽の動機根底がIの和音。ここまで「ふむふむ」と読んで下さった方には、「いつまで引っ張るねん!」に注目して頂きたいのだが、バロック期のトッカータ様式及びプレリュードにおいても、その多くの作品が、Iの和音をいつまでも引っ張って展開しながらオープニングとするのだ。そして、やっと和音を変える時、その和音を「しっかりと」聴かせる。<br>
　この変わった和音を「しっかりと」聴かせることは、「皇帝」において、TuttiでIの和音から変わったドッペルドミナントを「しっかりと」聴衆に聴かせている点に同じ。この「皇帝」の冒頭、古いスタイルからの流れを受け継いでいるのではないか...と思えるのだ。<br>
　「皇帝」の冒頭は、決して「曲の頭に何故か持ってこられたカデンツ」ではなく、バロック・トッカータ様式を受け継いだ、「トッカータ」で始まる第1楽章と見なすことは出来ないだろうか。<br>
　L.van Beethovenに対する資料根拠は何もない論考だが、彼のお祖父さんは、現在のベルギーにあるブリュッセル・メッヘレン・ルーヴェンを結ぶ地域の出身の音楽家のようだ。この地域はフランドル地域であり、バロック初期、簡単に言えば音楽が隆盛した地域でもある。何らかの形で、G.Frescobaldiらに始まる初期様式もベートーヴェン家のDNAに記憶されていたことを否定は出来ないかもしれない。ちなみに、L.van Beethoven自身も「幼少期にクラヴィコードを習った」という史実が伝えられている。彼が生まれた1770年には、バロック最期の作曲家とされるJ.S.Bachは他界して20年経過しているが、フランドルのチェンバロ製作家 D.デュルケンの最後の作品と伝えられているのは1755年の作品であり、それから２－３０年は、ピアノが発明されていたとは言え、チェンバロとピアノの新旧混合の時代と言えよう。常識的に推測すると、ドイツには、まだチェンバロの方が台数としては多かったのではないかと思われる。「皇帝」冒頭に対することで、私はベートーヴェンも、クラヴィコードやオルガン、チェンバロで、G.フレスコバルディやフローベルガーらの17世紀の作曲家たちのトッカータ作品を弾いていたのかもしれないなぁ...という希望的観測を持っている。<br>
　長々と書いて来たが、勝手な論考の結論は、「ベートーヴェンの『皇帝』の冒頭は、カデンツァではなくトッカータ様式である」更に、バロック作品の中でも、一般に受け入れがたいものとされる「17世紀の作品様式は、脈々とベートーヴェンにまで、受け継がれている」ということである。<br>
　「G.フレスコバルディの流れ」はJ.S.バッハでは終わっていない。少なくともL.vanベートーヴェンに受け継がれている筈。<br>
<br>(「G.フレスコバルディの流れは、L.vanベートーヴェンへ」 チェンバリスト 中田 聖子 2007年2月24日)</small> <br> <br>]]>
        
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