Musicologyのタイトルですが、ここで綴っているのは音楽「学」ではなく音楽「考」です。

2013年6月アーカイブ

2011.12.18開催 中田聖子チェンバロリサイタル VOl.9 --Art of J.S.Bach V --
「J.S.バッハのチェンバロ独奏協奏曲とゴルトベルク変奏曲」プログラムノート

 今回で9回目のリサイタルですが、チェンバロ奏者として初めて演奏させて頂いてから今年で10年目に入りました。節目の年であることもあり、チェンバロの道へと私を歩ませた作曲家、ヨハン・セバスチャン・バッハ Johann Sebastian Bach( 1685-1750)の遺した作品のみでプログラムを組ませて頂きました。前半はチェンバロ独奏用協奏曲を3曲。自然災害による悲しいことの多かった2011年ですが、彼の独奏協奏曲のチェンバロ・サウンドで楽しい気分になって頂けますと幸いです。後半は「ゴルトベルク変奏曲」に取り組ませて頂きます。協奏曲とは異なる種の二段鍵盤を駆使した響きと、彼の作曲・演奏技術に想いを馳せて頂けますと嬉しいです。前半が短く、後半が少々長い演奏会となりますが、どうぞお楽しみください。

「J.S.バッハのチェンバロ独奏協奏曲」
 前半の2つの作品名を御覧になられて(或いは曲を聴かれて)「あれれ?」と思われた方がいらっしゃるかもしれしません。オール・J.S.バッハ・プログラムの筈なのに、アントニオ・ヴィヴァルディAntonio Vivaldi (1678-1741)の曲、アレッサンドロ・マルチェロAlessandro Marcello (1684-1750)の曲が混じっています。しかし、今日私が使用している楽譜はJ.S.バッハの手による形と伝えられているものです。
 J.S.バッハの遺した作品の中には、他者の協奏曲を原曲とするものが存在します。今日演奏するBWV978を含めて、A.ヴィヴァルディの協奏曲集「調和の霊感 op.3」を原曲とする鍵盤独奏用協奏曲が5曲(チェンバロ用3曲とオルガン用2曲)、同じくA.ヴィヴァルディのop.4の協奏曲集に基づくチェンバロ用独奏協奏曲が2曲と、op.7に基づくものが2曲(チェンバロ独奏用とオルガン独奏用が1曲ずつ)。そして「4台のチェンバロ協奏曲 BWV1065」もA.ヴィヴァルディの「調和の霊感 op.3-10」が原曲であることはよく知られています。A.ヴィヴァルディの作品に基づくものが最多ですが、他に、今日演奏するA.マルチェロのオーボエ協奏曲に基づくBWV974と、その弟B.マルチェロBenedetto Marcello (1686-1739)とジュゼッペ・トレッリGiuseppe Torelli (1658-1709)による各々ヴァイオリン協奏曲に基づくチェンバロ独奏用協奏曲が1曲ずつ。そして、イタリアの作曲家だけでなく、テレマンの協奏曲に基づくものが1曲とワイマール公子ヨハン・エルンスト Johann Ernst (1696-1715)の手による協奏曲によるものが4曲、そして同一グループの作品とみられるが原曲不明のものが2曲存在します。
 J.S.バッハは生涯を通しドイツ各地の教会や宮廷の職務に就きましたが、1708年から1717年を過ごしたヴァイマールでの仕事の中に、この一連の他者の協奏曲に基づく鍵盤用独奏協奏曲(BWV1065を除く)があったと伝えられています。原曲協奏曲の作者の一人でもある若い公子ヨハン・エルンストは、丁度J.S.バッハがヴァイマール宮廷に使えていた頃にあたる1711年から1713年にかけて、当時のドイツ貴族の習慣に従い教養のための留学でオランダのユトレヒト大学に出掛けます。その際に、当時の音楽中心地の一つであったアムステルダムにも立寄り、オランダに入ってきていた最新の音楽に触れてきたと考えられています。その時期の宮廷の出納帳には大量の楽譜に関わる出費記録があり、恐らくロヘ(Roge : 今日「ロジェ」と読んでいるが現地蘭語では「ロヘ」)から出版されたA.ヴィヴァルディをはじめとする当時のイタリアの作曲家たちの楽譜や筆写譜を持ち帰ったのではないか、と考えられています。又、当時のアムステルダムでは、協奏曲の類いの曲を鍵盤楽器で演奏出来ることがヤン・ヤコプ・デ・グラッフ Jan Jakob de Graff (ca1672-1738)によって実証されていた記録があります。その演奏にエルンスト公子が触れた可能性が高く、彼の師であったヨハン・ゴットフリート・ヴァルターJohann Gottfried Walther (1684-1748)とJ.S.バッハに「協奏曲に基づく鍵盤独奏用協奏曲」つまり鍵盤独奏用への編曲を依頼したのではないか? と考えられています。
 今日演奏するA.ヴィヴァルディとA.マルチェロの作品に基づくBWV.978と974は、大きな改変はないものの、随所にチェンバロ独奏用への工夫が見られ、単なる一人の鍵盤奏者の指で演奏可能にする書き換えではなくチェンバロで原曲の響きが出しやすいような音形、そして、合奏表現を出そうとする為の音形へと書き換えられています。原曲を御存知の方は、そんな細かな違いを探して頂く楽しみもあるかしら...と思います。私自身は、そういった彼の編曲技法から、彼のチェンバロ独奏で可能だった表現を探ることは出来ないかしら...と思いながら、演奏に臨ませて頂こうと思っております。
 前半の最後に演奏する「イタリア協奏曲」と呼ばれている作品(BWV.971)は、この一連の「他者の協奏曲に基づく鍵盤独奏用協奏曲編曲」が作曲動機の一つになったのではないか、と言われています。この曲では、f(フォルテ)とp(ピアノ)の記述し、二段鍵盤チェンバロの持つカプラー機能を用いて上下鍵盤を指定することによって、オーケストラのトゥッティ(全員奏)とソリストの部分の対比を表現していることで有名です。しかし、前者の編曲群のチェンバロ独奏協奏曲には、この指定のあるものはなく、主に工夫された音形によってそれらの対比が描かれています (むろん、イタリア協奏曲で求められる対比表現を用いて演奏することも一つの方法として考えられます)。そういった彼の「イタリア(趣味による)協奏曲」との書かれ方の違いも、お楽しみ頂ければ幸いです。


「ゴルトベルク変奏曲 BWV.988」(クラヴィーア練習曲集 第4部 1741年刊)
 原題は「二段鍵盤チェンバロのためのアリアと種々の変奏」で、初版譜にも1974年にストラスブールで発見されたバッハの私蔵保存本にも「ゴルトベルク」という言葉は見られません。「ゴルトベルク変奏曲」と呼ばれるようになった有名な逸話は御存知の方も多いと思います。それは1802年に出された音楽家ヨハン・ニコラウス・フォルケル Johann Nikolaus Forkel (1749-1818)のJ.S.バッハに関する評伝「バッハの生涯と芸術 Über Johann Sebastian Bachs Leben, Kunst und Kunstwerke -- Für patriotische Verehrer echter musikalischer Kunst --」にある『ザクセン選帝侯宮廷駐在前のロシア大使カイザーリンク伯爵は、しばしばライプツィヒに滞在したことがあり、(才能ある少年ヨハン・ゴットリープ・)ゴルトベルクをバッハの元で音楽を習わせようと連れてきた。伯爵は病気がちで、よく不眠に陥った。伯爵の家に住んでいたゴルトベルクは...(中略)...伯爵の寝付かない間、何かを弾いて聴かせなければならなかった。ある時伯爵はバッハに向かって、自分が眠れない晩に...(中略)... (聴く為の)クラヴィーア曲を幾つか、ゴルトベルクのために作って欲しいものだ、と言った。』(柴田治三郎 訳 / 括弧内は中田聖子補筆) というもので、この少年のためにバッハが書いた変奏曲が「ゴルトベルク変奏曲」であったという逸話です。カイザーリンク伯爵は、J.S.バッハが宮廷作曲家の称号を得る際に力添えした人物でしたが、こういった逸話が真実であれば恐らく出版譜の序文にその記述があると考えられるため、疑問視されています。しかし、この大作は、不眠症で眠れぬ夜の気を紛らわせるには十分に役割を果たす作品のようにも思います(決して子守歌のような類いのものではなく、夜の長い時間を楽しく過ごすには相応しい作品であると私は考えています)。
 バスの「G Fis E D H C D G」のテーマを元に、サラバンドの形でアリアがまず提示され、このバスのテーマに基づく、あらゆる変奏の形での30の変奏曲で構成されています。変奏曲は3つの変奏で1つのグループになっており、1つめが自由な変奏、2つめが「触れる」意の「トッカータ」と解釈されるデュエット、3つめにカノンが登場するパターンで「3曲×10組」で30の変奏曲を構成しています。カノンは「同度のカノン」(第3変奏)から順次上行して「9度のカノン」(第27変奏)が登場します。10組目の3つめ、即ち最後の第30変奏にはカノンではなく「クォドリベット」が置かれています。クォドリベットは、好みの世俗歌(流行歌)の旋律の幾つかを順番にあるいは同時に歌って即興的なハーモニーを作り出すものですが、第30変奏のクォドリベットではドイツの2つの民謡『キャベツとかぶらが私を追っ払った』と『久しくお前に会わぬ、こっちへ来いよ、来いよ』の旋律が登場します。その後、アリアが再び登場して締めくくられます。
 又、第16変奏がフランス風序曲で書かれており、これによって30の変奏が半分の15ずつに二分して配置され、アリアと変奏の全ての楽章が二部形式で書かれていることと共にシンメトリー構造になっていると解釈することも出来ます。
 フランスの作曲家からの伝統を受け継ぐ舞曲の形式、そして北ドイツの伝統の対位法の書法など、J.S.バッハのチェンバロ作品に見られるあらゆる要素が「ゴルトベルク変奏曲」には集約されていることを感じながら、この大作に臨みたく思います。聴き手にも「大曲」であると思いますが、冬の夜を楽しんで頂ける時間になれば幸いです。
 (プログラムノート・曲目解説 : 中田 聖子 )


2011.12.18 (ノワ・アコルデ音楽アートサロン5周年記念エボリューションコンサート)
中田聖子チェンバロリサイタル VOl.9 --Art of J.S.Bach V --
「J.S.バッハのチェンバロ独奏協奏曲とゴルトベルク変奏曲」

J.S.Bach's "Concerto for Harpsichord solo"
and "Goldberg Variations"

・A.ヴィヴァルディの協奏曲RV.310に基づくチェンバロ独奏用協奏曲ヘ長調 BWV.978
 Concerto, F-dur BWV978 nach dem Concerto, G-dur, op.3 Nr.3 (RV310)
 für Violine, Streicher und Basso Conctinuo von Antonio Vivaldi
 第1楽章:アレグロ  第2楽章:ラルゴ  第3楽章:アレグロ
 I. Allegro  II. Largo III. Allegro


・A.マルチェロのオーボエ協奏曲に基づくチェンバロ独奏用協奏曲 ニ短調 BWV.974
 Concerto, d-moll, BWV.974 nach dem Concerto d-moll für Oboe, Streicher und Basso continuo von Alessandro Marcello
 第1楽章:アンダンテ  第2楽章:アダージョ  第3楽章:プレスト
 I. Andante  II. Adagio  III. Presto


・イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV.971
 Concerto, F-dur BWV.971
 第1楽章   第2楽章 : アンダンテ  第3楽章 プレスト
 1st mov. II. Andante III, Presto


・ゴルトベルク変奏曲 BWV.988
 "Goldberg Variationen"
Aria mit verschiedenen Veränderungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen. BWV.988

 アリア [テーマ] Aria
 第1変奏(1段鍵盤)"ポロネーズ" Variatio 1, a 1 Clav. "Polonaise"
 第2変奏(1段鍵盤) Variatio 2, a 1 Clav.
 第3変奏(1段鍵盤)「同度のカノン」 Variatio 3, a 1 Clav. Canone all' Unisuono
 第4変奏(1段鍵盤)"パスピエ" Variatio 4, a 1 Clav. "Pasppied"
 第5変奏(1段又は2段鍵盤) Variatio 5, a 1 ovvero 2 Clav.
 第6変奏(1段鍵盤)「2度のカノン」Variatio 6, a 1 Clav. Canone alla Seconda
 第7変奏(1段又は2段鍵盤)ジーグのテンポで Variatio 7, a 1 ovvero 2 Clav. al tempo di Giga
 第8変奏(2段鍵盤) Variatio 8, a 2 Clav.
 第9変奏(1段鍵盤)「3度のカノン」Variatio 9, a 1 Clav. Canone alla Terza
 第10変奏(1段鍵盤)フーゲッタ Variatio 10, a 1 Clav. Fughetta
 第11変奏(2段鍵盤) Variatio 11. a 2 Clav.
 第12変奏「4度のカノン」Variatio 12, Canone alla Quarta
 第13変奏(2段鍵盤) Variatio 13, a 2 Clav.
 第14変奏(2段鍵盤) Variatio 14, a 2 Clav.
 第15変奏(1段鍵盤)「5度のカノン」アンダンテ Variatio 15, a 1 Clav. Canon alla Quinta, Andante

 第16変奏(1段鍵盤) ウーヴェルチュール Variatio 16, a 1 Clav. Ouverture
 第17変奏(2段鍵盤) Variatio 17, a 2 Clav.
 第18変奏(1段鍵盤)「6度のカノン」 Variatio 18, a 1 Clav. Canone alla Sesta
 第19変奏(1段鍵盤) Variatio 19, a 1 Clav.
 第20変奏(2段鍵盤) Variatio 20, a 2 Clav.
 第21変奏「7度のカノン」Variatio 21,Canone alla Settima
 第22変奏(1段鍵盤)アラ・ブレーヴェ Variatio 22, a 1 Clav. Alla breve
 第23変奏(2段鍵盤) Variatio 23, a 2 Clav.
 第24変奏(1段鍵盤)「8度のカノン」 Variatio 24, a 1 Clav. Canone all' Ottava
 第25変奏(2段鍵盤)アダージョ Variatio 25, a 2 Clav. Adagio
 第26変奏(2段鍵盤) Variatio 26, a 2 Clav.
 第27変奏(2段鍵盤)「9度のカノン」 Variatio 27, a 2 Clav. Canone alla Nona
 第28変奏(2段鍵盤) Variatio 28, a 2 Clav.
 第29変奏(1段又は2段鍵盤)Variatio 29, a 1 ovvero 2 Clav.
 第30変奏(1段鍵盤)クォドリベット Variatio 30, a 1 Clav. Quodlibet
 アリア・ダ・カーポ Aria da capo e fine

使用楽器 : 久保田彰氏 製作 フレミッシュ二段鍵盤 チェンバロ
Instrument : Flemish double manual harpsichord, after Ruckers. Akira Kubota
Tune: 1/6 PC ( Pitch : a' =415Hz)
調律: 佐久間 朋子 Tomoko Sakuma

2013.06.19開催 ムジークフェストなら2013' 秋篠寺コンサートのプログラムノートとして書いたものです。

「J.S.バッハのチェンバロ音楽」ーJ.S.バッハの3つの作曲スタイルー 中田 聖子 Seiko NAKATA

 本日はコンサートにお越しくださり、ありがとうございます。バロック時代に活躍した鍵盤楽器チェンバロの作品として特に知られているものはJ.S.バッハの作品だと思います。今回のムジークフェストなら2013' 秋篠寺での演奏にあたり、たっぷりJ.S.バッハの曲をお聴き頂こうと、本日はオールJ.S.バッハ・プログラムを組ませて頂きました。又、バッハの3つの作曲スタイルを御紹介したく選曲しております。3つのスタイル、即ち、1つは北ドイツの先人作曲家達から受け継いだ厳格な対位書法のスタイル、2つ目はイタリアから影響を受けた協奏曲のスタイル、3つめはフランスからの影響を受けた舞曲のスタイルです。

1. トッカータニ長調 BWV912  Toccata D-dur, BWV912 [対位書法のスタイル]
 バッハの曲と言えば、オルガンのトッカータとフーガのジャンルの作品が鍵盤曲ではよく知られていると思いますが、チェンバロ用のトッカータも数曲残っています。その中から今日はニ長調のトッカータBWV912を選曲致しました。面白いことに、このトッカータBWV912のファンファーレのような冒頭は「オルガンのためのプレリュードとフーガ ニ長調BWV532」のプレリュードの冒頭とよく似ています。BWV912のトッカータは、6つの部分から構成されている、と考えることが出来ます。先述の冒頭部分、そしてアレグロのリズミカルな対位書法の部分、3つ目がアダージョのレチタティーヴォ風の部分、そして続く美しいフーガの部分、再びレチタティーヴォ風の部分が登場し、ジーグのダンスのリズムで書かれたフーガの部分で締めくくられます。1曲の中に登場する様々な部分に耳を傾けて頂けますと幸いです。


2. イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971 Italianisches Konzert F-dur, BWV971 [協奏曲のスタイル]
 チェンバロ曲で最も知られている曲は、もしかしたらこの「イタリア協奏曲」かもしれません。正しい原題は「イタリア趣味による協奏曲」。バッハがヴァイマールの宮廷に仕えていた頃に行なった、A.ヴィヴァルディやA.マルチェロらイタリアの作曲家達の器楽協奏曲のオルガンやチェンバロ独奏用への編曲仕事がヒントとなり、この曲が書かれたのではないか、と考えられています。チェンバロ作品の多くにはレジスター(弦の本数を選択する機能)の指定が書かれていませんが、この曲には「f 」と「p 」が書かれており、「f 」では二本以上の弦を使用して演奏、「p 」では1本の弦で演奏することを示していると解釈されています。これによって、協奏曲のトゥッティ(全体合奏)とソロ(独奏)の対比を表現するように作られた作品である、と考えられています。第1楽章と第3楽章では二段鍵盤の上下鍵盤を行き来して演奏します。鍵盤や私の手元が見える位置に座られている方は、是非上下鍵盤の使用にご注目ください!


3. A.マルチェロの協奏曲に基づくチェンバロ独奏の為の協奏曲 ニ短調 BWV974[協奏曲のスタイル]
 Concerto d-moll, BWV974 nach dem Concerto d-moll für Oboe, Streicher und Basso continuo von Alessandro Marcello
 「イタリア協奏曲」の作曲着想となったと考えられている協奏曲編曲群の中から、この曲を選曲しました。ヴァイマールでの協奏曲編曲について少し詳しくお話致しますと、バッハがヴァイマール宮廷に仕えていた時のこと、君主の甥ヨハン・エルンスト公子が留学先のオランダで出版されたA.ヴィヴァルディの「調和の霊感」をはじめとするイタリアの器楽協奏曲の楽譜を持ち帰ってきました。当時はイタリアやフランスが音楽の流行を牽引しており、A.ヴィヴァルディ、A.マルチェロ、B.マルチェロ、G.トレッリらの協奏曲は最先端の音楽でした。エルンスト公子はアムステルダムで、器楽協奏曲をオルガン1台だけで演奏するJ.J.de グラッフ(Jan Jakob de Graff 1672-1738)の演奏を聴いたらしく、鍵盤楽器1台での協奏曲演奏に興味を持ちました。そこで、師のヴァルター(Johann Gottfried Walther 1684-1748)とバッハに、持ち帰った協奏曲の鍵盤独奏用編曲を依頼した、と伝えられています。こうして書かれたのがバッハの17曲の「チェンバロ独奏用協奏曲 BWV972-987, 592a」と6曲の「オルガン独奏用協奏曲 BWV592-297」です。今日演奏する協奏曲BWV974は、アレッサンドロ・マルチェロ(Alessandro Marcello 1684-1750)のオーボエ協奏曲を原曲としています。このような経緯で書かれた協奏曲ですので、通常協奏曲に登場する弦楽合奏を伴わない、チェンバロ独奏用協奏曲として書かれています。


4. 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903 Chromatiche Fantasie und Fuge d-moll, BWV903 [対位書法スタイル]
 この曲もまたバッハの鍵盤曲の代表作として挙げられる曲だと思います。印象的なパッセージで始まる幻想曲と、「A B H C CH C (続)」の半音階進行のテーマで書かれるフーガ。フーガを代表する対位書法の作品では、バッハは北ドイツの先人作曲家の影響を強く受けています。その17世紀の北ドイツの作曲家たちに強い影響を与えていた作曲家にネーデルランドのJ.P.スウェーリンク(Jan Pieterszoon Sweelinck1562-1621)がいました。スウェーリンクもまた「半音階的幻想曲」を残しています。先達の作品をよく研究していたらしいバッハ、彼の作品に何らかの着想があったのかもしれません。
 ところで、20世紀に入る迄、コンサートで演奏される作品の多くはその時代の作曲家の作品でした。19世紀もまたそうで、バッハをはじめとするバロック時代の作品は殆ど演奏される機会がなかったと伝えられています。しかし、バッハのこの「半音階的幻想曲とフーガ」だけは19世紀にも人気が高かった、という話も伝わっています。

5. フランス組曲 第3番 ロ短調 BWV814 Französischen Suite III h-moll, BWV814 [フランス舞曲スタイル]
 バッハは17世紀フランスの舞曲組曲から影響を受けた作品を多数残しています。その代表が「6つのフランス組曲 BWV812-817」と呼ばれる組曲集です。チェンバロは弦を撥いて音を出す撥弦鍵盤楽器ですが、17世紀フランスのチェンバロ作品では、バッハも好んでいた撥弦楽器であるリュートのつまびきの模倣や分散奏法が取り入れられ、より撥弦の特徴を行かしたものが数多く書かれました。バッハの「フランス組曲」にはこうしたニュアンスが取り入れられており、「フランス趣味」で書かれた組曲である、と考えることが出来ます。バッハのチェンバロの為の組曲集には「6つのパルティータ」「イギリス組曲」「フランス組曲」の3曲集がありますが、中でも最も撥弦楽器の特徴を生かしたスタイルの作品がこの「フランス組曲」であると思います。
 組曲は、幾つかの舞曲で構成される作品です。今日演奏する第3番は、アルマンド、クーラント、サラバンド、ガヴォット、メヌエット と トリオ、ジーグの6つの舞曲で構成されています。最後に簡単に第3番に登場する舞曲について記しておきます。

・アルマンド: ドイツ伝統の4拍子の舞曲で、男女のペアが腕を様々な形を組んで踊ったものでした。
・クーラント: イタリア様式のもの(コレンテ)とフランス様式のものがありますが、フランスのものは3拍子系の舞曲で、17世紀迄は貴族に愛された舞曲でした。
・サラバンド: スペイン起源とされる3拍子を基本とする舞曲で、ルイ14世の時代には情熱的なエネルギーを秘めつつも荘重な舞曲として踊られたものでした。
・ガヴォット: 4拍子系の舞曲で、時代を経ると共に他の舞曲が変遷し、テンポや性格さえ変わってしまったものがあったにも関わらず、常に跳躍を含んで踊られた舞曲です。?
・メヌエット: 宮廷舞踊の花形として長きに渡って踊られたバロック宮廷舞踏を代表する舞曲。男女ペアで踊る舞曲で、少なくとも18世紀末まで踊られ続け、後にはワルツへと発展していきました。?
・ジーグ : イギリス起源の跳躍を多く含む舞曲。バロック時代には最も人気があった舞曲だと伝えられています。

( 曲目解説 : 中田 聖子 )

使用楽器 : 久保田彰 2002年製作 リュッカースモデル 二段鍵盤チェンバロ
調律法 : a'=415Hz 1/6PC


「J.S.バッハのチェンバロ音楽」
(オール・J.S.バッハ・プログラム)

ヨハン・セバスチャン・バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750)

トッカータ ニ長調 BWV912 Toccata D-dur, BWV912

イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971
第1楽章 / 第2楽章 アンダンテ / 第3楽章 プレスト
Italianisches Konzert F-dur, BWV971
I. / II. Andante / III. Presto

A. マルチェロの協奏曲に基づくチェンバロ独奏の為の協奏曲 ニ短調 BWV974
第1楽章 アンダンテ / 第2楽章 アダージョ / 第3楽章 プレスト
Concerto d-moll, BWV974
nach dem Concerto d-moll für Oboe, Streicher und Basso continuo von Alessandro Marcello
I. Andante / II. Adagio / III. Presto

半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903
Chromatiche Fantasie und Fuge d-moll, BWV903

フランス組曲 第3番 ロ短調 BWV814
アルマンド / クーラント / サラバンド / ガヴォット / メヌエット - トリオ / ジーグ
Französischen Suite 3 h-moll, BWV814
Allemande / Courante / Sarabande / Gavotte / Menuet - Trio / Gigue

チェンバロ 中田 聖子 Seiko Nakata

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