「記憶の彼方からの響き Vol.3」プログラムノート

2013/07/20 開催 「記憶の彼方からの響き Vol.3」- from Memory of Germany - のプログラムノートとして、"作品作曲家紹介"を主旨として書いたものです。




ヨハン・セバスチャン・バッハ Johann Sebastian Bach (1685アイゼナハ - 1750ライプツィヒ)
ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調 BWV1021」
Sonata für Violin und Basso Continuo, G-dur, BWV1021
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903」
Chromatische Fantasie und Fuge, d-moll, BWV903

 クラシック音楽のジャンルにおいて、その音楽の歴史を語る際、古い音楽としてはJ.S.バッハから話が始まることが多いように思います。しかしながら、バロック・ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロをはじめとする所謂「古楽器」においては、J.S.バッハの音楽は最も新しいものであり、本日取り上げる4人の作曲家の中でも一番最後に生まれた作曲家です。バッハが若かりし頃にドイツでよく知られていた作曲家は、J.J.フローベルガー、J.C.F.フィッシャー、J.K.ケルル、J.パッヘルベル、G.ベーム、D.ブクステフーデらでした。アイゼナハで生を受け、幼少期に両親を亡くして長兄に育てられた彼は音楽の勉強にも熱心で、兄の持つこれらの作曲家たちの楽譜を夜中に写譜していたそうですが、先人の楽譜を通して「ドイツの音楽の伝統」を身につけていたのでしょう。
 彼の作品から「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調BWV1021」でコンサートを幕開け致します。「バロック時代 = 通奏低音時代」と定義付けされるほど、バロック時代の作品には「通奏低音」、即ち、その言葉通りに低音が通奏されて行き、それを礎に旋律楽器が奏でられる作曲スタイルがほぼ100%です。通奏低音楽器としては、和音を演奏出来るチェンバロやオルガンなどの鍵盤楽器やリュート、そして低音楽器のヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ、ファゴットなどを用いていました。「旋律楽器と通奏低音のためのソナタ」は、現在で言うデュオのスタイルで楽譜が書かれており、「旋律楽器」と「チェンバロかオルガンかリュートなどの和音を演奏出来る通奏低音楽器」のデュオ編成で今日では演奏されることが多いですが、当時はこれに「ヴィオラ・ダ・ガンバかチェロあるいはファゴットなどの低音楽器」を加えた「トリオ」編成で演奏される習慣がありました。ところで、バッハは自作の作品の楽器編成を変え、別の作品に仕上げたものを幾つか残していますが、「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調 BWV1021」は、「フルートとヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調BWV1038」の原作となったものでもあります。
 「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903」は、彼のチェンバロ曲の代表作品の一つですが、18世紀当時から高く評価されていたものである、と伝えられています。20世紀に入るまで演奏家と作曲家が一致していることが殆どで、「演奏される曲」とは当時のコンテンポラリーであり、多くの18世紀以前の作品が取り上げられることは殆どありませんでした。しかし、バッハのこの曲は19世紀にもピアニストたちによってよく演奏されていた人気作品であったようです。


ゲオルク・フィリップ・テレマン Georg Philipp Telemann (1681マクデブルク - 1767ハンブルク)
ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ イ短調 TWV41:a6
Sonata für Viola da Gamba und Basso Continuo, a-moll TWV41:a6 [Essercizii Musici ]
無伴奏ヴァイオリンの為のファンタジア 第5番 イ長調 TWV40:18
Fantasie für Violin ohne Baß Nr.5 A-dur TWV40:18 (1735)

 現在ドイツ・バロックを代表する作曲家として真っ先に挙げられるのはJ.S.バッハだと思います。しかし、18世紀前半に指導的役割を果たし、当時最も有名な作曲家はバッハではなく、G.P.テレマンでした。若い作曲家はテレマンの元に集まり、又、多くの聴衆を喜ばせていたのは彼の音楽であった、と伝えられています。当時の様々な理論家が彼の作品を引用し、又、「ドイツの作曲家で最も革新的な人」としてJ.A.ハッセ、C.H.グラウン、G.F.ヘンデルと共に挙げられたのもテレマンでした。当時J.G.ヴァルターの「音楽事典 Lexicon」でバッハの4倍ものスペースを費やしてテレマンについて書かれたことからも、その名声を伺い知ることが出来ます。彼はマクデブルクで生まれ、ラテン語、修辞学、弁証法を学び、音楽家一族の子供のような特別な教育ではないながらも、音楽の演奏を学び幼少期を過ごします。大学では法律を学び始めた彼でしたが、音楽的才能に溢れた楽譜をルームメートに見つけられ、バッハが後にカントルとなる聖トーマス教会でのカンタータを書くようにライプツィヒ市長頼まれるようになります。そして、それを機にテレマンは音楽家の道を歩んでゆきました。ライプツィヒでバッハが関わった学生たちのコレギウム・ムジクムを創設したのもテレマンでした。テレマンとバッハ、この二人の繋がりは濃かったようで、テレマンはJ.S.バッハの次男 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの名付け親でもあったことはよく知られています。
 多作家であったテレマンですが、音楽愛好家のための親しみやすい旋律をもつ作品を多く残しており、当時名声を博した一因はこの種の作品によると考えられています。種々の楽器のための曲集である「エセルチージ・ムジチ Essercizii Musici (音楽の練習) 」はその一つです。本日は、この中の「ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ イ短調TWV41:a6」で、貴族の楽器であった典雅なヴィオラ・ダ・ガンバの音色をお楽しみください。又、テレマンは無伴奏の為の作品も多く残しています。18世紀ドイツのヴァイオリン無伴奏曲といえば、バッハの「無伴奏パルティータ」か、テレマン 1735年出版の「12のファンタジア」が挙げられるでしょう。バロック・ヴァイオリンの響きを「無伴奏ヴァイオリンの為のファンタジア 第5番 イ長調 TWV40:18」でご堪能ください。

ディートリヒ・ブクステフーデ Dietrich Buxtehude (ca.1637-1707リューベク)
ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロ(の通奏低音)為のトリオソナタ ニ短調 op.1-6, BuxWV257
 Suonate für Violin, Viola da gamba und Cembalo, d-moll, op.1-6, BuxWV257 (1694?)

 ブクステフーデの名は、J.S.バッハが1705年10月に4週間の休暇を願い出て300km以上離れたリューベクまで徒歩旅行をした逸話で知られているのではないでしょうか。氏が戻ったのは期限を4カ月近くも過ぎてからのことであった為、アルンシュタットの聖職会議で問題になった旅。この旅の目的は、ブクステフーデのオルガン演奏を聴くことであったようです。バッハも憧れたほど、当時、非常に有名で熟練したオルガニストであったブクステフーデは、1637年頃にデンマークのアルデスロー(あるいはヘルシングボリ)で生まれたと推定されています。彼の一族はハンブルク南西にある「ブクステフーデ」という町の出身であったようです。彼は、当時のデンマークのヘルシングボリ(現スウェーデン)やヘルセンゲアのオルガニストを経て、1668年からリューベクの聖マリア教会のオルガニストに選任されます。そして、同地市民となり、ここで1707年に生涯を終えました。彼は、リューベクで「アーベントムジーク」と呼ばれた教会での日曜夕方の演奏会を復活させ行っていましたが、バッハの逸話の「ブクステフーデのオルガン演奏」も、皇帝レオポルト1世の死を悼み、ヨーゼフ一世の即位を記念する為の「特別な」アーベントムジークであったと考えられています。
 オルガンの大家として知られるブクステフーデですが、鍵盤作品を生前には全く出版しておらず、主要出版物は室内楽曲集でした。楽譜自体は残存していませんが、目録には残る1684年の「2つあるいは3つのヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ集」、そして1694年(?)と1696年(?)に出版した2つの「7つのトリオ・ソナタ集」があり、いずれのトリオ・ソナタにもヴィオラ・ダ・ガンバを用いているのが大きな特徴と言えるでしょう。本日は1694年に出版されたとされる「7つのトリオ・ソナタ集」からニ短調の第6番を演奏します。彼は声楽作品でもヴィオラ・ダ・ガンバを重用しており、この楽器を大変愛していたのではないか、と考えられています。ヨハネス・フォールハウトが描いた油彩画「家庭音楽のひとこま Häusliche Musikszene 」(1674) には、ブクステフーデと共に、オルガニストのヨハン・アダーム・ラインケン、そして、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のヨハン・タイレと思われる人物も描かれています。これは彼の交友関係を示すものなのかもしれません。


ヨハン・フィリップ・クリーガー Johann Philipp Krieger (1649 ニュルンベルク- 1725ヴァイセンフェルス)
ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのトリオ・ソナタ ニ短調 op.2-2
 Suonate für Violin, Viola da Gamba und Basso Continuo, d-moll, op.2-2(1693)

 現在、あまり演奏される機会のない作曲家かもしれませんが、J.P.クリーガーはD.ブクステフーデと並び17世紀後半の傑出した作曲家の一人でした。彼は、北ドイツの音楽にブクステフーデと共に多大な影響を及ぼしたJ.J.フローベルガーの弟子であったJ.ドレクセル(ドレッツェル)やG.シュッツから教育を受けた、と伝えられています。その後、コペンハーゲンで学んだ後、生地のニュルンベルクに戻りますが、バイロイトのオルガニストと宮廷楽長を経て、ハレの宮廷オルガニストの職に就きます。ハレのアウグスト公の没後、後継者であるヨハン・アードルフ1世が宮廷をヴァイセンフェルスに移したのちは、公と共にヴァイセンフェルスへ行き、クリーガーはそこで生涯を終えました。彼はヴァイセンフェルス時代に演奏した全声楽作品の目録を作成・保存する、という大きな仕事を行っています。それは1684年から約50年間に渡る「ヴァイセンフェルスで演奏された音楽の記録」でもある訳ですが、そこにはクリーガーの作品が約2000曲、弟ヨハン・クリーガーの作品が225曲、そして、他のドイツ作曲家とイタリア作曲家の作品が475曲記載されています。彼はイタリアでローゼンミュラーやベルナルド・パスクィーニらに学んでいますが、彼らの作品の他、カリッシミやレグレンツィらのイタリアの作品、ベルンハルトやヨハン・タイレのドイツの作品、そして16世紀のパレストリーナやビクトリアの作品が数曲が含まれています。この記録によれば2000曲以上あった彼の教会カンタータの大半は、残念ながら現存していません。クリーガーは宗教曲と共にヴァイセンフェルス宮廷のために世俗音楽を残しましたが、2つのトリオ・ソナタ集を出版しました。1688年出版の「2つのヴァイオリンと通奏低音のための12曲のソナタ」と1693年出版の「ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のための12曲のソナタ」です。今日は1693年のトリオソナタから第2番の「ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのトリオ・ソナタ ニ短調op.2-2」でクリーガーの音楽に接して頂けますと幸いです。
(作曲家解説文 : 中田 聖子)


「記憶の彼方からの響き Vol.3 - from Memory of Germany -」
2013/07/20 伊丹アイフォニックホール小ホール

バロック・ヴァイオリン 河内 知子
ヴィオラ・ダ・ガンバ 中西 歩
チェンバロ 中田 聖子

- Program -

ヨハン・セバスチャン・バッハ Johann Sebastian Bach (1685 - 1750)
「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調 BWV1021」
Sonata für Violin und Basso Continuo, G-dur, BWV1021
1.アダージョ Adagio 2.ヴィヴァーチェVivace 3.ラルゴ Largo 4.プレスト Presto


ヨハン・セバスチャン・バッハ Johann Sebastian Bach (1685 - 1750)
「半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903」
Chromatische Fantasie und Fuge, d-moll, BWV903
1. ファンタジア Fantasia   2. フーガ Fuga


ゲオルク・フィリップ・テレマン Georg Philipp Telemann (1681 - 1767)
「ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ イ短調 TWV41:a6」
Sonata für Viola da Gamba und Basso Continuo, a-moll TWV41:a6 [Essercizii Musici]
1.ラルゴ Largo 2.アレグロ Allegro 3.ソアヴェSoave 4.アレグロAllegro


ゲオルク・フィリップ・テレマン Georg Philipp Telemann (1681 - 1767)
「無伴奏ヴァイオリンの為のファンタジア 第5番 イ長調 TWV40:18」
Fantasie für Violin ohne Baß Nr.5 A-dur TWV40:18
1.アレグロ Allegro - プレスト Presto - アレグロ Allegro - プレスト Presro
2.アンダンテ Andante  3.アレグロ Allegro


ディートリヒ・ブクステフーデ Dietrich Buxtehude (ca.1637 - 1707)
「ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロ(の通奏低音)の為のトリオソナタ ニ短調op.1-6, BuxWV257」
Suonate für Violin, Viola da gamba und Cembalo, d-moll, op.1-6, BuxWV257 (1694 ?)
1. グラーヴェ Grave - アレグロ Allegro
2. コン・ディスクレチオーネ Con discrezione - [ ] - アダージョAdagio - [ ] - アダージョAdagio
3. ヴィヴァーチェVivace - アダージョ Adagio
4. ポーコ・プレストPoco Presto - プレストPresto - レント Lento


ヨハン・フィリップ・クリーガー Johann Philipp Krieger (1649 - 1725)
「ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのトリオ・ソナタ ニ短調 op.2-2」
Suonate für Violin, Viola da Gamba und Basso Continuo, d-moll, op.2-2 (1693)
1. アンダンテ Andante - ラルゴ Largo  
2. プレスト Presto - ラルゴ Largo
3.アリア Aria d' Inventione