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2001.07.29

楽器は騒音発生器 Concert for Anarchy / Rebecca Horn (1990)

近"SPU●"という雑誌に興味深いものを見つけました。
それはLondonのミュージアム"Tate Modern"を紹介する記事でした。
私は ある種の偏りはありますが基本的に"Art"なるものには大変興味があります。
ファッション誌は気分転換に読む程度で、じっくり記事を見たりはしないのですが
ミュージアム紹介となれば、話は別.......
とばかりにページに視線を落とした瞬間、とんでもない写真が目に飛び込んできました。
逆さ吊りのピアノで、鍵盤部分が何やら突出している写真です!!

じっくり写真を凝視すると、日本製のピアノではあまり見られない形状の、
ドイツ語圏のピアノ会社の古いモデルに こんな足があったかな~と思われる
太くて少し装飾の施された足をもつ黒いピアノが蓋を大開きにして、
天井からぶら下がっている...。そして鍵盤部分からは、
どうやら通常88並ぶ白と黒のKeyとして存在する部品(?....わかるでしょうか?)が
通常 鍵盤としておさまっている部分から、見事にはみだして飛び出て来ているのです。
しかも綺麗に並ぶことなく、あちらこちらの方向へ突出している....。
(恐らく、実際の楽器というピアノを材料に使用していると思います)


このピアノ専攻生が見ると仰天するようなオブジェは、
Rebecca HornのConcert for Anarchy (1990)という作品なのだそう。
記事によると「ピアノが大音響とともに鍵盤を吐き出す」とあり、
ミュージアムの"Staging Discord" (不協和音の上演 ← 記事掲載による訳)
という 部屋にあるのだそうです。

う~む.... 作者がどういう意図で表現しているのか知りませんが、
皮肉な作品だなぁ...と思ってしまいました。
ピアノという素材を使用していますが、楽器は全て、快い音楽を奏でるとは限りません。
特に我々の練習中の音なんぞは、音楽に無関係で生活している方々にとっては、
「大騒音」以外の何ものでもない (^^;;;
「毎日良い音楽が聞けるわ~」と好意的に思って下さっている御近所さんなんて、
皆無である筈。人間の日常生活において、
楽器が公害を発生する道具にだってなり得るのである。

そのあたりのことは十分に分かっているつもりだが、
"Concert for Anarchy" を目にしては、苦笑せざるを得ない
公害を発生する道具にもなるのだ...という認識を持っていても、
延々と同じ小節ばかり繰り返し弾いたり、
慣れないうちは汚い音だって出してしまう....(^^;;;
それを経ないと演奏が完成しないのである。

日頃「静かな所で練習したい」なんて、ぶーぶー文句を言っているくせに、
大騒音公害を発生させることに対して、楽器を弾く者は確信犯なのである。

ただ....せめてコンサート会場においては、楽器を騒音発生機に化けさせることは、
回避したいものなのだが、それも無いとは言えない....。
これから本番を控えているけれど、楽器は楽器として扱えるように尽力せねば...。

Tate ModernのWebは http://www.tate.org.uk/ 日本語のページもありますよ~♪ go!

Posted by Klavi:Seiko NAKATA at 5:24
Edited on: 2007.08.07 5:26
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2001.07.02

言葉と音符

今迄に....と言っても、さして年月は長くはありませんが、様々な楽譜を見て来ました。
面白いもので、所謂「現代譜」になってからでも、時代毎に記譜法が違っています。
勿論、作曲家によっても細かな所で記譜法が異なり、本当に楽譜を読むのは、
何と難しいのだ...と痛感する日々を送っています。
最近、ふと頭に過去の記憶が蘇りました。
それは、もう10年以上前になる小学校時代.....
塾のある国語の先生が、よく授業の導入として1つの質問を用いられていました。

「言葉って何だろう」
答えは、今でもよく覚えています....「相手に物事を伝える為の1つの道具」です。
そして、この問答(?)が蘇って来ると共に、私の脳裏を横切ったのは、
「音符って何だろう」
あくまでも現在の私が閃きで出した答えですが、
音符も「相手に物事を伝える為の1つの道具」だと思います。

言葉と音符では、伝達の質には相違が見られると思いますが、
音符も作曲家の内なるものを表出する、或いは何かを再現描写する上で、
音楽という形に留める為に用いる最小単位のものが音符であると思います。

そう考えると、文章読解において言葉(単語)の意味、言葉と言葉の接続etc...に
深い意味合いを汲み取ることに留意せねばならぬのと同様、
楽譜の読解だって、細かく見れば、際限なく、読み取らねばならぬものが存在する筈です。

これまでに、自分が作曲をして実際に楽譜を書いたり、
様々な時代の楽譜を目にすることで、楽譜読解の緻密性の必要を感じて来ましたが、
読解は相当難解なものであることを、思い知らさられた気持ちになっています。

演奏者は、作曲者の「相手に物事を伝える為の1つの道具」を
何処迄、読み取れているのだろうか?
(...今の私には、自分で自分の首を締める話であります...(笑) )

Posted by Klavi:Seiko NAKATA at 5:29
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